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「言っときますけど――」
1本目の瓶が空になり、2本目をワインセラーから取って戻ると、静が思い出したように言いながら、じっと俺を見据えてきた。
とは言え、その目端はじわりと赤みを帯びていて、面持ちもすっかり緩んでいる。そんなお世辞にも迫力があるとは言えない眼差しが、それでも俺を捉えて放さずに、
「俺、ほんとに何も返せませんからね」
「? 何? 何の話……?」
「だから、こんなふうに色々してもらっても……俺には、何も……」
それどころか、いっそう釘を刺すみたいに言い募られる。
何を言い出すのかと思ったら……。
俺は新たな瓶を開栓しながら、思わず笑みを滲ませた。
そういえば、プレゼントの話の時にもそんなことを言っていたっけ。
そんなの、本当に気にしなくていいのに。今日だって俺がしたくてやってることだからって、ちゃんと念を押したつもりなのに、やっぱりそこは簡単には割り切れないのかな。
……まぁ、普段から君はそういうところ、結構きっちりしてるもんね。
俺が先に会計を済ませていても、後々その分返されたりする。あくまでも、一方的にしてもらう理由がないからって。
それでも、身体を重ねる前に比べれば、いくらか甘えてくれるようになった……と、思ってはいるんだけど。
「……聞いてんのかよ」
「あぁ、うん。聞いてるよ」
でもね。さすがに今日だけは許してほしい。
君がどう思っているかはわからないけど、俺にとって今夜は本当に特別だから。
例えそれが最初で最後の、仮初めの時間だとしても。
だとしても……いや、だからこそ俺は、その時間を君と共有したい。
俺がこの未来へと向かうための、糧になるような思い出がほしいんだ。
(……わがままでごめんね)
そんな気持ちをひた隠し、俺は柔らかな笑みを浮かべたまま、静のグラスにワインを注ぐ。
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