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「え、いいの?」
「いいのって……アンタが言ったんだろ」
「それはそうだけど……でも」
飲み始めてから数時間が経ち――確かにそんな話になった。
死角はほとんどなさそうだとか、目隠しも全くないようだね、とか。
その流れで俺がつい口にしたのは、「一緒に入ろうか」……なんて、もちろん酔いに任せての、冗談みたいな誘いだったんだけど。
なのに。
なのに君は、それにあっさり「いいですよ」……?
それこそ冗談だと思うだろ?
「……ほんとに? お風呂の話だよ?」
俺は持っていたグラスをテーブルに戻し、信じられないように静の顔を見返した。
すると静は呆れるみたいに溜息をつき、存外淡々と言うのだ。
「ばらばらに入ったって、どうせ丸見えなのは一緒だし」
「丸見えって……。まぁ、たしかに見ようと思えば見えるけど……」
この部屋の浴室は、外界と室内に面した部分がほとんどガラス張りだから。
俺はそれを確認するよう視線を巡らせ、はっとしたように首を振った。
「あ、いや、見ないよ」
「……」
「信用ないな」
物言いたげな静の視線を受けて、俺は思わず苦笑する。
確かに今までの俺の行いからすれば仕方ないことかもしれない。
実際……じゃあ見るなよとか言われても、やっぱりそれを守れる自信はないし。
静はそれには答えず――当たり前だろとでも思っているのか――ただ空にしたグラスの側面を指で撫でながら、呟くように言った。
「まぁそれに……今更、だし」
「それは……そうかもしれないけど」
手持ち無沙汰そうな、あるいは気恥ずかしさを誤魔化すかのようなその仕草が何だか艶っぽい。
優美な曲線をゆっくりと辿る、その長くて綺麗な指先に目を奪われる。
……触れたい。その手を取って、キスをして、爪の先から甘く食んで――。
そんなことはすぐに考えてしまうのに、どうして俺はこんなにも躊躇しているのだろう。
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