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誘ったのは俺なのに、これはさすがに失礼だよね。
そう思いながらも、さっきからずっと鼓動はうるさいばかりで、嬉しいのに困るみたいな心境からなかなか抜け出せない。
「嫌ならいいです」
すると堪えかねたように、静が顔を背けて席を立った。
深い溜息と共に、独りごちるように重ねられる。
「つーか……冗談なら冗談で、もっと分かりやすく――」
「ごめん。冗談じゃない」
俺はその手をとっさに掴んだ。思うより先に身体が動いていた。
「ごめんね」
謝罪を重ねて微笑むと、とっさに俺を見た静が再び視線を俯ける。
ほんとごめん。そんなふうに思わせて。
本当はいつだって本気なのに、どうしてもはぐらかしてしまいそうになるんだ。
特に君のこととなると、簡単には信じられないと思ってしまって――。
でも、それじゃだめだよね。
少なくとも今夜くらいは、俺も素直にならないと。
「外に張り出したビューバスだから、夜景も部屋の中よりきっと楽しめるよ」
俺は誘うように声をかけ、改めて浴室の方へと目を遣った。静の反応は薄かったが、触れている手が振りほどかれることもなかった。
「――行こう。一緒に」
彼へとまっすぐ向き直り、促すように軽くその手を持ち上げる。
ややして、微かに頷いたように見えた静の目尻が、淡く染まっている気がしたのはワインのせいだけじゃないはずだ。
長めの髪から覗く耳の先も、じわりと熱を帯びたみたいに赤くなっている――それもきっと錯覚じゃないよね。
……でもね。君は今更って言ったけど……。
分かってる?
こんなまるで恋人みたいに……一緒にお風呂に入るなんて、今夜が初めてのことなんだよ。
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