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天板に置かれたグラスは一つ――。
「受け取ってくれたんですね」
静は俺を見るでもなく言った。
その横顔が、僅かに綻んだように見えたのは気のせいだろうか。
「ああ、言うのが遅くなってごめん。ありがとう。嬉しかった」
俺は下ろした髪を手櫛で梳きながら、静と同じ先を見て頷いた。
本当はアリアに行ったときに伝えるつもりだったんだけど、静が帰省するって言ったのがあまりに衝撃で、すっかり言いそびれたままになっていた。
「全然知らなかったから、本当に驚いたよ」
「いえ……いつもして貰ってばかりなので……」
「そう、だよね……いや、うん。それでも嬉しいよ。ありがとう」
「…………」
まぁ、そうだよね。やっぱり君はそういうよね。
俺は密やかに苦笑すると、ダイニングテーブルの上に置いていたタオルで再び髪を拭き始める。
長い髪とタオルで半ば顔を隠すように手を動かしながら、その一方で、思い出したように口を開いた。
「……で、えっと……。ごめん。俺の記憶では君が帰ってくるのって3日だったと思うんだけど……」
「……っ」
自分のことは見られないようにしながらも、彼の様子を窺うことはやめない。
静は俺の言葉にぴくりと僅かに身を揺らし、
「弟は、ほんとに大したことなかったので……」
「あ……そっか。それは良かった」
なぜかそこで一瞬目を泳がせてから、
「なので……もしまだだったら」
「?」
「初、詣――」
最後に思いがけない言葉を口にした。
「……待ってて。すぐ用意するから」
言えば静は小さく頷いた。髪がかかってよく見えないその目端が、じわりと赤く染まっている気がした。
俺はばさりとタオルを掴み取り、すぐさまリビングから姿を消した。
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