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――俺と恋人ごっこをしてほしい。
要するに、期間限定の恋人になってほしいと俺は言ったのだ。春までの限られた時間を、君とそういう関係で過ごしたいと。
それがその時の俺に言える精一杯の言葉だった。
そして実際、あれから今日までのおよそ二ヶ月、俺は俺の思うように彼と過ごすことができた。
卒業研究など、学校のことだけでなく、春からの準備にも時間を取られ、忙しい日々でもあった。
それでも合間を縫って会えていたし、会えば会うほど、君もまた俺に夢中になってくれているような気がしていた。
君の全てを塗り変えたのは俺だ。
そう思えることが純粋に嬉しかった。
それはもう、もっとずっと早くにこうしていれば良かったと思うほど、夢みたいな時間だったのだ。
――なのに、それは唐突に訪れた。
亀裂が入るのは一瞬、次には一気に崩れ落ちた。
すでに春休みには入っていたけれど、卒業式の日まではまだ二週間はある朝のことだった。
「引っ越し? 今日?」
「うん、今日」
下着姿でベッドサイドに座り、煙草を吸っていた静が、何でもないみたいに頷いた。
その後ろ――シーツの上でのんきに寝転がっていた俺は、僅かに遅れて起き上がる。
「どこに?」
「それは言わない」
「え……なん、で……?」
声が勝手に上擦ってしまう。
確かに俺は静の就職先すら知らないままだ。決まったということだけは聞いていたけど、何度訊いても詳細は教えて貰えなかった。
……え、恋人なのに?
あんなにも甘い日々を過ごした関係なのに?
「恋人ごっこも、ここで終わりだから」
それを否定するよう、静は言った。
振り返ることもなく、淡々と煙草を吹かしながら、
「始まりはアンタが決めたんだから、終わりは俺が決めたっていいだろ」
まるで他人事のように彼は続ける。
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