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「明日引っ越したら、あとは卒業式の日に学校行くだけだから」
「いや、待っ……。だってまだ、卒業式までは……」
2週間以上もあるのに。
身を乗り出してまで告げようとしたその言葉は、声にならなかった。
不意に振り返った静が、俺の上に影を落としたから。鼻先を嗅ぎ慣れた匂いが掠めて、かと思えば、仄かに苦味のある味が唇に触れた。
静が俺にキスをしていた。
「……らしくねぇな」
静はゆっくり顔を離すと、呆然とする俺を見て小さく笑った。
「え……」
「よく考えろよ、見城さん。アンタはさ、これから進むべき道がちゃんと決まってる。仕事で成功して、それから……いずれはアンタに見合うようなきれいな人と結婚をして、子供を作って……幸せな家庭を築くんだろ」
「そ、れは静だって……」
冷たくなった指先を握り込み、うるさいばかりの鼓動の中、辛うじてそう返すと、静は苦笑混じりに首を振った。
「俺、バイじゃねぇから」
俺は今更はっとした。そう言った静の表情はどこか寂しそうにも見えて、俺はとっさにその身を抱きしめたい衝動に駆られてしまう。
だけどもう、それすら静は許してくれなかった。
「アンタはアメリカに帰る。俺は俺で自分の道を行く。アンタはまだ当分は恋人を作らない。そこを変えたとしても……そもそも俺は遠距離は無理。……っていうか、アンタだって最初からそのつもりだっただろ?」
言い聞かせるように言いながら、静はおもむろに立ち上がる。そして持っていた煙草を口に戻し、足元に落ちていた服を拾い上げると、
「だから、卒業式が終ったら俺は番号を変える。その時、アンタの連絡先も消すから」
最後にとどめのような言葉を残し、そのまま部屋を出て行った。
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