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結局、あの日から今日まで、俺は静と一度も顔を合わせていなかった。
往生際悪く、バイト先に行ってみたりもしたけれど、いつ覗いてもそこに彼の姿はなくて……。
堪えきれず別の店員に訊いてみたりもしたけれど、当然のように何も教えては貰えなかった。というか、きっともうバイトも辞めてしまっているよね。就職も決まっているんだし……。
「卒業式の日までは、帰省するって言ってましたよ」
俺がそう偶然耳にしたのは、静のアパートに電気がつかなくなってから、数日経ってのことだった。
近所のコンビニで偶然出会った静の同級生から聞くことができたのだ。
確かもう、とっくにアパートも引き払っているはずですよ、って。
そう言われてからも、俺は夜になると癖のように窓際に立って煙草を吸った。そのままバルコニーへと踏み出し、見るともなしに眼下を見下ろして、そこにある一棟のアパートをただぼんやり眺めた。
すでにカーテンも外され、空っぽになったあの部屋には、いつも夜遅くまで明かりが灯っていた。
ゆっくりと瞬けば、その間に彼が戻ってくるような気がして、何度も目を伏せては上げた。そんな夢見がちな期待を抱くほど、自分は彼のことを想っていたのだと、自覚するたび煙草の本数ばかりが増えた。
……こんなはずじゃなかった。
俺はもう少し、彼と一緒にいられるはずだった。
本当に、物理的に別れとなるその日まで。ぎりぎりまで、彼に触れられると思っていた。
こんなはずじゃなかったんだ。
その想いは、いまも消えていない。
だけど、今更どうしようもないこともわかっていた。
――ただ、せめて最後に「さよなら」と「ありがとう」くらいは伝えたい。
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