19.夢の跡

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「つか、遅ぇんだよ。アンタ、今日中に日本(こっち)発つんじゃねぇの?」  俺の住んでいた部屋は親の持ち物なので、引っ越しでそこまでばたつくことはない。必要最低限の物だけまとめた荷物を、後で手配した配送業者に送って貰うだけだ。  この後のこと――売るか、貸すかなど――はまた親が決めることになっている。 「飛行機の時間だって、もう決まってんだろ?」 「それはそう、だけど……何で、君が知って……」 「アンタの噂なんて、どこからでも入ってくるから」 「そう、なんだ……」  言葉を交わすほど、泣きそうになる。  それを(こら)えて、俺は笑みを貼り付ける。 「――あぁ、でも、大丈夫。まだ時間はあるんだ」  だから、お茶の一杯くらい――。  誘ったところで、断られるだろうと思っていた。  けれども、静は一瞬迷いを見せたものの、大人しく部屋へと上がってくれた。  *  * 「あ、もうそこでいいよ。ありがとう」  相変わらず、静は何も言わずに俺の抱えていた荷物の一部を持ってくれた。  それを適当に床に置くよう促して、俺はいつも一緒に飲んでいたホットコーヒーを二つ用意する。  ただし、俺がそれをリビングへと運ぶ前に、静はキッチンカウンターの前でカップを手に取って――。 (……座るつもりもないのか)  ちくり、と走った胸の痛みに目を瞑り、俺もそれに合わせてカップに手を伸ばす。  カウンターを挟んで立ったまま、互いにそれを一口飲んだ。  たった1メートルほどの距離が随分遠く感じる。まるでそれ以上近づいて欲しくないと言われているようで、いっそう胸が苦しくなる。 「……あのさ」 「ん?」 「最後に、ひとつだけ言っておきたいことがあって」 (最後……)  静は手の中のカップをそのままに、不意に窓の方へと足を向けた。  かと思うと、手慣れた所作で鍵を開け、躊躇うことなくバルコニーへと踏み出して、 「……ほんと、近いとこに住んでたよな」  手すりに身体を凭れかけさせ、何かを確かめるみたいに眼下を覗き込んだ。
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