19.夢の跡

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 俺は追うように窓際(そちら)へと歩み寄る。静は目の前の景色を眺めたまま、苦笑混じりに呟いた。 「俺の部屋……よく見えるな」  吹き抜けた風が、静の髪をさらさらと揺らす。その肩が小さく竦められたのは、幾分寒さを感じたからだろう。手にしたままのカップからも、仄かに白い湯気が立ち上っている。  気温はまだ十分に高いとは言えない。しかも今日は、いつもに比べてもやや低いくらいだった。  元々静は寒がりだ。正装しているせいか、それほど厚着もできていないように見える。  冬場、車に乗っている時、俺が煙草を吸うからと少しでも窓を開けると、それだけで「無理」と零していたことがあった。  ……懐かしい。あれはまだ、静が煙草を吸っていなかった頃の話だ。 (――抱き締めたい)  ひときわ強く吹いた風が、いっそう彼の身を震わせると、俺はついまた手を伸ばしたくなってしまう。  いますぐにでも触れて、引き寄せて、そのままこの腕の中に閉じ込めてしまいたい。  少しだけ低い君の体温や、それでも伝わる温もりを綯い交ぜにして、その全てを君と共有したい。いつまでも、ずっと。  思いながらも、俺は動けない。  何も言えない。 「……礼、言っとこうと思って」 「礼……?」  静は眼前の景色を一望するように眺めるばかりで、一度も俺を振り返らない。  振り返らないまま、彼はその横顔でどこか穏やかに笑った。 「――おかげで、色々と吹っ切れたから」  僅かな間ののち、彼はそうぽつりと言った。それからようやくこちらに向き直る。  目が合うと、心臓がどくんと跳ねた。鼓動なんてエントランスで彼の姿を見た時からずっと乱れっぱなしだったけど、それが更に大きく脈打った。  息ができなくなりそうなほど胸が強く締め付けられる。その苦しさに、痛みに、もう見ていられないと思うのに、俺はどうしても彼から目が離せない。 「だから、ありがとう……とか。まぁ、それだけ」  そう言うと、静は誤魔化すみたいに持っていたカップに口を付けた。  俺から外された視線が、遅れてその手元に落ちる。
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