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……ありがとうなんて。
ありがとうなんて、俺が言わなきゃいけない言葉なのに。
なのに俺は、やっぱり何も言うことができない。
だっていま、いま口を開いたら……きっと余計なことを言ってしまう。
下手をしたら、やっぱり、だとか、どうにか、だとか。それこそ目先のことしか考えないような言葉を、なりふり構わず縋るみたいに――。
……それに君が、応じてくれるはずもないのに。
抱えきれない想いが、いまにも溢れてしまいそうだった。
だけどこれ以上、君に幻滅されるわけにはいかない。
だから俺は全てを飲み込み、ただ微笑みを浮かべた。
束の間の沈黙が落ちる。
静はカップを再度呷り、更に一つ息をついてから、意を決したみたいに言った。
「――それと、もう一つ」
「え……」
「礼を言っといてなんだけど……」
顔を上げた静は、どこか吹っ切れたような面持ちで僅かに目を細めた。
何かを諦めたような、それでいてすっきりしたような眼差しが、改めて俺へと向けられる。
「だからって、それでアンタを許した訳じゃねぇからな。いまでも何だったんだよって思ってるし。俺は元々そういう、セフレとか……、っていうか、だいたい俺はネコじゃねぇのに、それをアンタがむりやり――……じゃ、なくて……」
言いたいことを、一気に吐き出したように見えたけれど、後半に行くにつれて失言したとでもいうように、歯切れの悪い物になった。ばつが悪いみたいに視線を僅かに彷徨わせ、目端を少しだけ赤くして、残っていたコーヒーを一気に飲み干した静の姿に、俺は思わず笑ってしまう。
――その姿が、あまりに可愛くて。
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