20.Epilogue

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 *  *  その年の10月、俺は日本に帰国した。  理由は俺の体調不良。  頭痛や動悸など、それまでも時折、原因不明の症状に悩まされることはあったのだ。  けれども、仕事に集中している間は忘れることもできていた。  なのにとある夏の日を堺に、それがうまくいかなくなった。  医者はストレスだろうと言った。目まぐるしい環境の変化に、心身がついて行けていないのだろうと。  確かにそれもあったのかもしれない。だけど、何より直接的な原因に心当たりがあった。  きっかけはその直前の仕事だ。  新しく決まった大きな舞台の仕事で、初めて顔を合わせた相手――その東洋人の青年が、妙に〝彼〟に似ているような気がしたからだ。  一度そう思ってしまったら、もうだめだった。その青年が、彼でないことは明白なのに。  心の奥底に封じ込めて、ずっと見ないようにしてきたものを、無理矢理目の前に突きつけられた感じがした。  その頃から俺は、別の仕事でも顕著にミスが増えた。  自分で望んで、ようやく掴んだその舞台(仕事)も、青年(共演者)のことを考えることすら苦痛になり、やがて台本を手に取ることすらできなくなって、最後は自ら降板を決めて終わった。  そしてその二ヶ月後、俺は一年という期限付きながらも、両親から静養と言う名の長期休暇を取るよう言い渡されたのだ。  そこにはアメリカ(向こう)を離れる許可も含まれていた。  *  *  もうここに戻ってくることはないだろうと思っていたのに、いざ帰国してみたら居ても立ってもいられなくなり、気がつけば俺は記憶を辿るように車を走らせていた。  久々に訪れたその街は、三年の間に随分様変わりしていて、それでも変わっていない部分の懐かしさには、少なからず心が慰められた。  それでもまだ、ふとしたことで胸の奥がちくちくと痛んでしまう。この(場所)には、楽しかった思い出の方が多いはずなのに、全てが辛いことだったかのように思える瞬間があるのが自分でも理解できない。  三年前のあの日――最後に刺さった小さな棘が、いまだに抜けていないせいだろうか。  ……まったく情けない。  こんなの、単なる被害妄想じゃないか。  共演するはずだった青年にも――もちろん他の関係者にも――申し訳ない以外の言葉がない。  思うのに、根深く刺さった棘は返しでもついているかのようにそこにとどまったままだ。
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