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(懐かしい――)
記憶にある道を辿り、やがてとある店が見えてきたところで、信号にひっかかった。
見慣れた景色に思わず笑みが滲む。けれども、最初はそのまま通り過ぎるつもりだった。
考え直したのは、いつのまにかそこから目が離せなくなっていたから。
自覚すると再び胸が苦しくなってきて、このままではだめだと思い至った。
青信号になり、俺はまっすぐ駐車場に車を入れた。
成り行きではあるけれど、ここに来たことで何かが変わらないだろうか。
せめてこの棘が、抜けるきっかけにならないだろうか。
……俺は変わりたい。
その思いに嘘はない。
「――…」
車を降りて目を向ける。
記憶の中、鮮明に残っていたその佇まいは、まるで当時のままだった。
* *
この街での生活やこの店のことは、アメリカでのルームメイトにも話したことがある。共同生活を初めてしばらくたった頃、楽しかった思い出として聞いてもらったことがあるのだ。
だからやがて俺が体調を崩し、
「――降板? あんなに喜んでいた舞台なのに?」
そうと知ったルームメイトは、本当に驚いたことだろう。
彼との間には……彼ともそれこそ、途中からはセフレのような関係ではあったけれど……基本的にはいつも楽しく、穏やかな時間が流れていたから。少なくとも、彼はそんな日々を何より幸せだと言ってくれていた。
(なのに俺は……)
一体どれだけ周りの人を振り回せば気が済むのだろう。
俺は軽く頭を振ると、目の前の扉に手をかけた。
「いらっしゃいませ」
カランと店内に響いたベルの音も変わっていない。反して覚えのない店員に案内されるまま、俺は喫煙席の一つに座り、ぼんやりと外の景色を眺めた。
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