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親が俺の住居として手配してくれていたのは、知り合いが経営するというホテルの一室だった。
そこからアリアまでは、車で一時間近くかかる。
それでも俺は、半月後には再び店まで足を伸ばしていた。前回より少し遅めの、16時頃のことだ。
俺の記憶が確かなら、前回は早番のみ、今回は通常シフトなら遅番も出ている時間帯なのだ。
そうかと言って、やはり彼の姿はどこにもなかった。
ただ前回と同じ小柄なスタッフが俺を覚えてくれていたらしく、それはもうわざとらしいくらいにこやかに応対してくれた。
そんな彼からは、とても素直に好意を持ってくれているのが伝わってきた。……最後まで本心の見えなかった静とは正反対だなと思った。
11月に入り、俺はこれを最後にしようと決めて、また店に向かった。
その日は一度目と同様、14時頃。
「いらっしゃいませ」
案内してくれたのは、前回、前々回と同じスタッフだった。
俺が店に入るなり、急くように出てきてくれたところを見るに、自分で俺の相手を希望してくれたのだろう。
彼が特徴的だからというだけでなく、これだけ続くと、俺だってすっかり覚えている。『木崎沙耶 -Kizaki Saya-』シンプルだけれど、洒落たネームプレートにはそう書いてあった。
(サヤっていうのか……名前まで可愛らしいな。よく似合ってる)
そうと知った時、どこか微笑ましくなったのを思い出す。
「こちらでよろしいですか」
示されたのは、いつもと同じ席。
俺は「ありがとう」と頷き、そのままホットコーヒーを一つ頼んだ。
腰を下ろすと、取り出した煙草とジッポを天板に置いた。
抜き出した一本をトントンと傍らで弾ませ、口端に添える。先端にジッポを近づけると、そこで水のグラスが運ばれてきた。先ほどとはまた違うスタッフだった。
彼が踵を返したのを見送りながら、ジッポの蓋を開ける。
一方で、癖のように視線が店内を巡り、再び手元へと戻ってくる。
(…………え?)
けれども、その全ての動作が一瞬止まった。
刹那、今見たばかりの光景が頭の中で早戻しされ、ゆっくりと再生される。
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