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もう一度。もう一度だけ君に会えたら、意外にあっさり吹っ切れるかもしれない。そう思ってみたことは何度もあった。
だけど、実際にそうなってみて感じたこれは……吹っ切れたというよりむしろ、
(やばい、嬉しい……やっぱり、やっぱり俺は――)
むしろ開き直ったと言うべき心境では……!
そんな冗談みたいな気持ちの変化に、じわじわと可笑しさが込み上げてくる。
「お待たせしました」
そこに上から声がかかる。
抑揚の乏しい、それでいて冷たいとは感じさせない独特の音。覚えのある声だ。
テーブルの上に下ろされるホットコーヒーのカップ。「ありがとう」と答えれば、「ごゆっくりどうぞ」とお決まりの文句を返される。
どうやら彼は気付いていないらしい。疲れでも溜まっているのか、どこか気怠そうにずっと視線が下方へと落とされているせいかもしれない。あるいは、今時金髪の客なんて珍しくないのか――。
それならそれで好都合だと、俺は笑みを滲ませながら顔を上げた。
そして彼が会釈のために頭を下げた瞬間、
「久しぶりだね」
あえて内緒話でもするかのように囁きかけた。
一瞬だけ間ができる。
それから彼は、弾かれたように上体を起こし、俺の顔を見た。
かち合った双眸が、僅かに見開かれている。
にこりと笑みを深めれば、金縛りが解けたかのようにくるりと踵を返された。
そのまま奥へと足早に消えた静は、相変わらず大きな声を出すわけでも、飛び上がるわけでもなかったけれど、その心は確かに戸惑って、それを反映するかのように、瞳が揺れていたのを俺は見逃さなかった。
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