2.君の傍にいるということ

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 *  *  *  素直に送らせてくれた静を彼のアパートの前に下ろし、俺は何食わぬ顔してその場を後にした。  自宅に戻ると、途端に言いようのない疲弊感に襲われたけれど、それもまぁ、色々と想定外のことに頭を使ったからだろう。それを証明するように、ただ淡々と聖夜(今夜)の準備をして過ごした数時間後には、気持ちもちゃんと上向いていた。 「あぁ、これだ」  夜になり、俺はリビングにある小型のワインセラーから一本の赤ワインを取り出した。朝から今夜飲もうと決めていたものだ。  ソファ前に置かれたガラス天板のテーブルには、クリスマス(それ)用に取り寄せた軽食(スナック)も色々と並べられている。  ――それなのに。   (おかしいな……)  気がつくと、俺はワインを手に立ち尽くしたまま動けなくなっていた。  気分はそう悪くないし、せっかくの聖夜(時間)を楽しもうという気持ちにも嘘はない。嘘はないのに、何故かいつもみたいに早く飲みたい、早く開栓(あけ)ようという気になれない。 「……」  俺はしばらくワインのラベルを見詰め、それから一旦仕切り直すよう、セラーの中に瓶を戻した。  ふう、と緩やかに息を吐き、ややして少し背筋を伸ばす。  顔にかかる髪を掻き上げながら踵を返し、何気なく目を向けた先はバルコニーだった。  この時期ならではの、煌びやかな夜景でも目にしたらまたその気になるかも知れない。  室内からでも夜景の望める窓を開け、おもむろに外に出ると、とたんに刺すような冷たい空気に肌が粟立つ。は、と吐いた吐息が白く流れた。  頭上の夜空を眺めながら端まで歩き、ゆっくりと眼下へ視線を落とす。広がる夜景に次いで、目に留まったのは静のアパートだ。 (そういえば、静もワイン好きそうだったな……)  彼はまだ二十歳になっていないため、基本飲んではいないけれど、サークルの飲み会で少しだけ口にした際、美味しいと笑みを滲ませていたのを覚えている。  そんなことをぼんやり思い出しながら、俺は静の部屋の窓を見る。遮光カーテンの隙間から、細く明かりが漏れていた。  良かった、彼も家にいる。  思えばちょっとほっとする。  ほっとしながら――一方でふと考えた。  こんなことなら、夜も一緒にどうかなって誘ってみれば良かった。  思うものの、今夜に限ってはそれも微妙にハードルが高い。
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