3.君が傍にいるということ

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「見城くん?」  聞き覚えのある、澄んだ声。  目を向けると、半年ほど前だったか「思い出にキスだけでも」と俺に告白してきた子が立っていた。  俺は僅かに目を瞠り、思わずその名を口にした。 「莉那」  末摘莉那(すえつむりな)――きっと疎遠になるのだろうと思っていた彼女との関係は、意外にも変わっていなかった。  変によそよそしくなることもなく、まるで何事もなかったかのように接してくれる彼女は、今でもそこそこ親しい友人の一人だ。  最初から断ると決めていたくせに「どちらかと言えば好きかな」なんて答えてしまった俺にも、懲りることなく親切にしてくれている。 「莉那も、今帰り?」  そんなふうに、俺が簡単に下の名前(ファーストネーム)で呼んでしまうのが余計な期待と誤解を……なんて指摘されたこともあるけれど、だからと言ってこれはもう習慣()のようなものだから、今更それを変えるのも難しい。 「うん。カフェで課題やってたらこんな時間で」 「ああ、カフェで」  構内にある、静がよく行く店だ。去年、俺が莉那に告白された時にも利用していた――。  なるほど、と頷くと、傍まで来ていた彼女の傘を改めて見遣った。  小柄な身体に、確実に自分の物ではないだろう、大きめの傘。女性らしく華やかでもない、ただ真っ黒に塗りつぶされたようなシンプルなデザインのそれを、彼女は時折持て余すように小さく揺らしていた。 「ねぇ」  彼女は束の間沈黙し、それから再び口を開いた。 「見城くん、傘ないのよね?」 「あぁ……うん」  この期に及んで嘘をつくこともできず、苦笑混じりに認めると、ややして彼女が後ろを振り返った。
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