3.君が傍にいるということ

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 *  *  * 「ついでだし、二人とも送るよ」  結局、三人とも予想以上に濡れてしまったけれど、荷物は幸いぎりぎりセーフ。そのお礼もかねて、二人に同乗を促した俺は、先に方向の違う莉那を送り、それから静のアパートへとハンドルを切った。 「――寒くない? 大丈夫かな」  忙しなく動くワイパーを見るともなしに見詰めながら、俺は不意に口を開く。  赤信号で停まった隙にバックミラーで確認すると、静は助手席側の後部座席で軽く頬杖をつき、ぼんやりと窓外を眺めていた。その肩は、片側だけすっかり色が変わっている。湿ったままの長めの毛先も、いまだうっすらと肌に張り付いている。 「平気です」  静は束の間停止した景色を見据えたまま、呟くように答えた。  俺は「寒くなったら言って」と返し、前方に目を戻す。 「ああ、菜摘(なつみ)は元気だった?」    青信号になり、車を発進させると、再び俺から声をかけた。  菜摘は構内にあるカフェの店員だ。店員兼雇われ店長で、静のよく行く(件の)店は彼女が一人で切り盛りしている。明るく気さくで、生徒からも男女問わず慕われており、たまにしか行かない俺のことも、かなり早い段階で顔と名前を覚えてくれていた。 「元気でしたよ。……逆に元気? って聞かれました」 「そっか」 「……見城さんのことですよ」 「え? あ、俺?」  思わず声のトーンが上がってしまう。静は「名指しでしたよ」と小さく頷いた。 (何か気になることでもあったのかな)  静ほどではないけれど、俺だって菜摘の店(あのカフェ)は気に入っている。入学当初から、ランチやお茶のために、一人、または友人と――場合によっては静とも――少なくとも月に数回は利用させてもらっていた。  確かに四年生になってからは、その頻度もかなり減っていたけれど……それでも先週末、午後の人が疎らな時間に、一人で一服しに寄ったばかりだった。 「菜摘……他に何か言ってた?」 「特には」 「そう」  淡々と返してくる静に、前方を見詰めたまま独りごちる。 「今度また、一緒にお茶でもしに行こうか」  ややして、気を取り直すように誘ってみたら、静も「いいですけど」と特に拒絶はしなかった。 (でも最近は……どこかつれない気もするんだよね)  そんなふわふわとした印象に、俺は先刻、研究室棟から駐車場まで、一本の傘の下で共に並んで歩いた時のことを思い出した。
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