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(風が強くないだけまだ良かったけど……)
傘を持っていたのは、多少なりとも背の高い俺の方だ。そして俺は、それをきもち静の方へと余分に傾けていた。少しでも彼が濡れないようにと。
けれども、それも間もなく修正された。
ぽたぽたと、止めどなく雫が落ちる露先を、やんわりと指で押し戻されたのだ。それもちょっと戻しすぎなくらいに。あくまでも俺のことはちらりとも見ず、まるで何事もなかったみたいに――。
そんな彼の仕草に、とくんと小さく胸が鳴った。
俺の意図を、察してのことだったのかは分からない。
分からないけれど、彼は彼で俺が濡れないよう気を遣ってくれたのかもしれない。――思えば、ますます気持ちはざわついた。
本当なら、回りくどく傘を傾けるより、もっとくっついた方が濡れないからと、すぐにでも腰を抱き寄せてしまいたかった。
それは別に、相手が静じゃなくても思っただろうことだけど、そのくせ静だからこそしてはいけない気もした。
……本当に、なんだろう。この微妙な焦燥感は。
静を前にすると、時々こんなふうに複雑な心境になってしまう。
窺うように静の顔を横目に見ると、驚いたような瞬きに合わせて、睫毛の先が小さく雨粒を弾いたところだった。
いつもは涼しげな目許が、厭わしそうに眇められる。それが何だか妙に艶めいて見えた。
(……疲れてるのかな)
心の中で、自分に言い聞かせるように独りごち、俺は逃げるように視線を逸らした。
ややして、俺たちは校門を抜けた。
駐車場へと続くゆるやかな上り坂の端を、小振りな傘、大振りな傘の順に縦に並んで歩いた。時々、そのすぐ横を車が走り抜けて行ったけれど、幸い、速度は落としてくれていたので水飛沫を被るようなことはなかった。
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