3.君が傍にいるということ

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 今度こそ踏みそうになった急ブレーキをぎりぎり回避して、俺は間もなく辿り着いた二階建てのアパートの前に車を停めた。 (誕生日か……)  正直、俺は今まで、彼の誕生日についてそれほど深く考えたことはなかった。  サークルの新入生歓迎会(新歓)辺りで話が出ていた気もするが、そう珍しいことでもないせいか記憶は曖昧だ。  その後改めて訊くような機会もなく、そうかと言ってそこまで気になって仕方ないと思った覚えもなかった。  クリスマスと同じで、特別な日であるからこそ余計意識しないようにしていた――なんてことは、ないと思いたいけれど。 「……まぁ、それはいいんですけど」  俺の意識を引き戻すように、カチャリ、とシートベルトが外れる音がする。  振り返ると、静はゆるく髪を掻き上げながら顔を上げ、苦笑気味に笑っていた。 (いや、よくないよ)  心の中で即答する俺に、 「どうせ誕生日の日はバイトですし」  静は小さく肩を竦めて、言葉を継いだ。 「七月から正式に採用してもらえることになったんですよ」 「あぁ……〝アリア〟か」  俺は一つ瞬き、頷いた。  すると静は珍しくはにかむように笑って、   「……あの日、見城さんと長居して良かったです」  なんて、これまた滅多に言ってくれないようなことを言ってくれる。 (そういうこと言う……? 君が)  それとも、その実皮肉だろうか。  どちらにしても、やっぱり何かあったのかなとは思ってしまうけれど。  例えば何か……その、新しいバイト先での人間関係――それに伴う心境の変化とか……?  あの日――クリスマスの日――の後、静は本当にバイト先を変える方向で動いていたようだった。  ようだった、と言うのは、気付いた時にはもう現在のレストランアリア(バイト先)に変えていたからで。  後日聞いた話によると、前のバイト先であるカフェは人手が足りないのを理由にすぐには辞められず、実際にアリアで働き出したのは春休みに入ってからとのことだった。俺がちょうど実家(アメリカ)に帰省していた時の話だ。  そしてそれから数ヶ月の試用期間を経て、先日、七月(来月)からの本採用が決まった……ということらしい。 (っていうか……こっちは()アリア(ファミレス)で働くなんて想像もしていなかったんだけどね)
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