199人が本棚に入れています
本棚に追加
/234ページ
言われてみれば、確かにあの日、静はアリアのショップカードを手に取っていた。
いつもは触れることもないそれも、次のバイト先候補を考えてのことだったなら納得もいく。
そして実際目にしてみると、アリアでの仕事は静にとても合っているように思えた。
制服――白シャツに黒いリボンタイ、カマーベスト、黒いパンツに同色のギャルソンエプロン――もとても様になっていたし、カフェでのバイト経験があるせいか、接客に関しても特に臆することなくできているようだった。
強いて言うなら少々無愛想なところが心配だったりもしたけれど、さすがにそこは切り替えているのか、営業スマイルくらいはちゃんとできていた。控えめではあるけれど、対面した女性が頬を染めることもあるような、目を引く笑顔だった。
「とにかく……今日はありがとうございました」
いつの間にかずれていた思考を、静の声が引き戻す。
瞬いて焦点を合わせると、静が小さく頭を下げたところだった。
いや、ちょっと待って。
とにかくって……。とにかくって、さっきのお誘いの話はどこに行ったの。
まさか俺の空耳? 空想? ――そんなばかな。
俺は急くように言葉を探した。
「なので、まぁ……考えといてください。良かったら、ですけど」
「え?」
「だから……さっきの話。都合のいい日があれば、また教えて下さい」
良かった、現実だった。
俺が口を開くより先に、顔を上げた静がドアの方に目を向けながら言った。
最初のコメントを投稿しよう!