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「へぇ、じゃあその相手が……静の筆下ろ――」
「もっと普通に言えないんですか」
間違ってはいませんけど……と、静はグラスの残りを呷りながら呆れたように言った。
深夜を回り、午前2時を過ぎた頃。
静の持ってきたワインは思ったよりも飲みやすく――そして静は思ったよりも酔っていた。
初心者にしてはハイピッチで飲んでいたからかもしれない。
見た感じは――声のトーンも表情も――ほとんど変わっていない。
変わっていないんだけど、なんて言うか……その話題がね。
彼の口にするその話題が、まるで今まで聞いたこともないような経験談にまで及んでいて……そのことからも、見た目の割に酔いが回っているのがよく分かる。
まぁ、元はと言えば俺が面白がってつついたからではあるんだけど……。
でも、だからって普段、自分のことを多くは語らない彼が、
「でも初体験の相手が先輩ったなんて……なんか意外だな」
まさかそこまで赤裸々な話を聞かせてくれるなんて、夢にも思わなかった。
「俺、微妙に苦手なんですよ、年下って……」
「へぇ、そうなの……?」
そうかと言って、もちろん俺はその驚きを表には出さず、ただ何食わぬ顔で「それもまた意外だなぁ」なんて軽く笑うだけだ。
「あんなに面倒見がいいのに」と、僅かに肩を竦めながら、空になった静のグラスに再び赤い液体を注げば、
「……どうも」
と、素直にそれを受ける静の様子に、白々しくも笑みを深めて。
(ていうか……ホント気に入ったんだな)
俺の手が離れるのを待って、嬉しいように自分の方に引き寄せたグラスを、静は戯れのようにゆるりと揺らす。待っていたみたいに一口分だけ口に含むと、ややしてこくりと喉を鳴らした。それに合わせて、喉仏が小さく上下するのを、俺はいっそう観察するように眺めていた。
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