199人が本棚に入れています
本棚に追加
/234ページ
「……会ってないし、連絡もとってなかったですよ」
静は一瞬手を止めて、それから注ぎ終えた瓶をテーブルに戻した。
「そう……」
頷きながらも、俺はぱちりと瞬いた。
……過去形だ。
「あ……」
数秒後、俺は不意に思い出した。
過日のクリスマスに、アリアで、やはり俺が半ば強引に聞き出した静の話を。
「それって……もしかして、あの時カフェに来たっていう人?」
静が前のバイト先で偶然再会したという、顔見知りのお客さん――。
もちろん、元々もてるだろうし、過去に何人か付き合ったうちの一人って可能性もあるけれど……。
思ったものの、大学生活での静を見ていると、彼は案外一途で、付き合った相手は少ないのではないかとも思ってしまう。
「ほら。静が前に言ってた……告白してきた女の子の知り合い――」
すると静は、言葉を遮るように視線を逸らし、
「そう言えば、煙草……教えてください」
次には肯定も否定もしないまま、唐突に天板端に置いてあった、俺の煙草を指差した。
* * *
4時前になり、俺がシャワーを浴びるために中座して戻ると、静はソファの上で寝転がっていた。角度的に全貌は見えないけれど、アームレストに乗せられた頭からも、その姿は容易に想像がつく。そこからこぼれる、見慣れた茶髪が身動ぐのが何だか可愛い。
そんな不意打ちのような距離感が、妙に心地良く感じられた。静は酔っ払うと、いつもより遠慮がなくなるらしい。まるで懐かなかった猫に懐かれたみたいで、嬉しいような、擽ったいような気持ちに包まれる。
(いつもこうでいいのになぁ……)
バスローブの合わせを軽く直し、首にかけたタオルで髪を拭きながら、俺はそんな静の様子に僅かに笑みを滲ませる。
「――静、残りはどうする?」
ややしてテーブルの上に視線を移すと、そこには並んで置かれた緑と茶色の瓶。傍らには、数本の吸い殻の入った、ガラスの灰皿が置かれていた。
「あと一杯分くらいしかなさそうだけど……」
初めて心置きなく飲んだワインは、よほど彼の口に合ったのだろう。静が持ってきた一本目も、俺が追加した二本目も、結果としてより多く飲んだのは静の方だった。
一本目はすでに空になっており、二本目に残っているのもあと僅か。どうせなら飲みきってしまおうと静のグラスを一瞥するが、そこに返ってくる声はない。
俺は静の顔が見えるところまで足を進めると、思わずふっと破顔した。
最初のコメントを投稿しよう!