4.君を知りたいと思うのは

5/7

199人が本棚に入れています
本棚に追加
/234ページ
「……会ってないし、連絡もとってなかったですよ」  静は一瞬手を止めて、それから注ぎ終えた瓶をテーブルに戻した。 「そう……」  頷きながらも、俺はぱちりと瞬いた。  ……過去形だ。 「あ……」  数秒後、俺は不意に思い出した。  過日のクリスマスに(あの日)、アリアで、やはり俺が半ば強引に聞き出した静の話を。 「それって……もしかして、あの時カフェに来たっていう人?」  静が前のバイト先(駅前のカフェ)で偶然再会したという、顔見知りのお客さん――。  もちろん、元々もてるだろうし、過去に何人か付き合ったうちの一人って可能性もあるけれど……。  思ったものの、大学生活での静を見ていると、彼は案外一途で、付き合った相手(経験人数)は少ないのではないかとも思ってしまう。 「ほら。静が前に言ってた……告白してきた女の子の知り合い――」  すると静は、言葉を遮るように視線を逸らし、 「そう言えば、煙草(あれ)……教えてください」  次には肯定も否定もしないまま、唐突に天板端に置いてあった、俺の煙草を指差した。  *  *  *  4時前になり、俺がシャワーを浴びるために中座して戻ると、静はソファの上で寝転がっていた。角度的に全貌は見えないけれど、アームレストに乗せられた頭からも、その姿は容易に想像がつく。そこからこぼれる、見慣れた茶髪が身動ぐのが何だか可愛い。  そんな不意打ちのような距離感が、妙に心地良く感じられた。静は酔っ払うと、いつもより遠慮がなくなるらしい。まるで懐かなかった猫に懐かれたみたいで、嬉しいような、擽ったいような気持ちに包まれる。 (いつもこうでいいのになぁ……)  バスローブの合わせを軽く直し、首にかけたタオルで髪を拭きながら、俺はそんな静の様子に僅かに笑みを滲ませる。 「――静、残りはどうする?」  ややしてテーブルの上に視線を移すと、そこには並んで置かれた緑と茶色の瓶。傍らには、数本の吸い殻の入った、ガラスの灰皿が置かれていた。 「あと一杯分くらいしかなさそうだけど……」  初めて心置きなく飲んだワインは、よほど彼の口に合ったのだろう。静が持ってきた一本目も、俺が追加した二本目も、結果としてより多く飲んだのは静の方だった。  一本目はすでに空になっており、二本目に残っているのもあと僅か。どうせなら飲みきってしまおうと静のグラスを一瞥するが、そこに返ってくる声はない。  俺は静の顔が見えるところまで足を進めると、思わずふっと破顔した。
/234ページ

最初のコメントを投稿しよう!

199人が本棚に入れています
本棚に追加