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「……寝たのか」
視線の先で、静は仰向けに寝転がり、片腕で目許を覆うような格好のまま、静かに寝息を立てていた。
(信用されてるんだね、俺は……)
そんな静の前に腰を下ろし、俺は残りのワインを自分のグラスにそっと注ぐ。
それから煙草を引き寄せ、抜き出した一本を机の上で軽く叩く。愛用のジッポで穂先に火を点し、ゆっくり吸い込んだ一口を、一拍おいてから細く長く吐き出した。
無言で煙草を灰皿に置き、代わりのようにグラスを取り上げる。それをゆるりと回しながら、束の間そっと目を閉じた。
音のない部屋の中で、聞こえてくるのは安らかな静の呼吸音だけ。
緩慢に目を開け、振り返るようにしてその寝顔を見遣る。腕に隠れて見えない目許。けれども、その薄い唇は見えている。うっすらと隙間を作っているその淡い色合いが、俺の目を惹きつける。
(静の、元カノ……)
その子はこの唇に触れたことがあるんだな。
煙草の話に逃げられてしまったけれど、あれは明らかに肯定だった。例の客は、間違いなく静の元恋人だ。そしてその子が、静の初めての相手。
いったい、どんなふう触れたんだろう。どんなふうに、静は彼女を抱いたんだろう。
――どんなふうに、キスをしたんだろう。この唇で。
俺は確かめるように手を伸ばし、その輪郭を指で辿った。ただし、ぎりぎり触れない距離で。
俺だって静に触れたことはあるのだ。挨拶代わりに、うっかりハグしてしまったこともある。その延長で、頬に啄むようなキスだって。
(でも違うんだよね……俺のは)
そんなふうに考えてしまう自分に苦笑する。
自嘲気味に唇が歪んで、それを誤魔化すようにグラスに口をつけた。
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