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空調の効かない真夏の部室は、風を通していても暑い。後ろでひとまとめにしていた髪を一旦ほどき、改めて少し高めの位置で結び直す。首筋を伝い落ちてくる汗を軽く拭いながら、ふう、と一つ息をついた。
「見城さん、これ」
そこにドアの方から声がかかる。振り返るなり、手元へと飛んできたのはペットボトル。ひんやりとした心地よさを伝えてきたそれは、俺が愛飲しているミネラルウォーターだった。
「静」
ありがとう、と笑みを返せば、静は「いえ」と短く言って、俺以外には誰もいない室内を見渡した。
俺は早速、ペットボトルの蓋を開ける。それを尻目に、静が当たり前みたいに言った。
「手伝いますよ」
「ああ、ありがとう。でももう、終わりにしようと思ってたところだから」
申し出は素直にありがたい。けれども、「大丈夫だよ」と返した言葉も本音だ。
「だったらあれですけど……。でもせめて、机の上くらい綺麗にしときませんか」
天板の上には、今日使った小道具や、出しっぱなしの台本が置いてあった。どれも置き場所が決まっているものだ。
まるで心の中を読まれたようなその発言に、俺は一瞬、傾けようとしていたボトルの動きを止めた。
「下は手が足りてるし……これくらいならすぐ終わりますし」
言いながら、静は俺を見ることもなく扉をくぐる。そのまますぐに片付け始め、俺が数口水を嚥下した頃には、そのほとんどが有るべき場所に戻っていた。
相変わらず手際がいい。いくら裏方の方がよく知っていることとは言え、三年目の部員でもここまでの動きはできないだろう。
「見城さん?」
「え……ああ。じゃあ、下りようか」
最後に台本の並びを整え、改めて静が俺を見る。
俺はペットボトルの蓋を閉めると、笑みを貼り付け、頷いた。
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