5.俺を知って欲しいと思うのは

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 そこまでぼんやりしていたつもりもないのに、どうして気づかなかったんだろう。俺と同じように外階段を昇ってきたんだろうに、その気配も、足音も一切耳には入ってこなかった。 「さすがにそろそろ(から)だろうからって……どうぞ」  静は俺のすぐ傍で足を止めると、持っていた缶を差し出してきた。 「ああ……ありがとう」  俺は何とか平静を装い、持っていた煙草を口に戻す。新たな缶を受け取ると、次には当然のように空になっていた方の缶を抜き取られた。  何も言わなくても、両手が塞がらないようにしてくれたらしい。 「明日花に頼まれたって?」 「ああ、はい。俺が部室に行くって言ったら、じゃあって」 「そっか」  それは、俺に用があったから……?  そんな希望的観測を飲み込んで、俺は僅かに顔を背け、紫煙を細く吐き出した。 「俺は……煙草を取りに」  その視界の端で、応えるみたいに静が背後の部室を見遣る。それから彼は、空き缶を持ったまま、一旦部屋の中へと姿を消した。 (煙草……。……なんだ)  そりゃそうだよね。  気が抜けたような吐息が漏れる。なのにまだどこか鼓動は早い。  そんな自分に苦笑しながら、俺は手の中の冷えた缶に目を落とす。それは先ほどと同じ、ビールテイストのノンアルコール飲料だった。 「――誕生日以来だね」  こうしてゆっくり話すのは。  引き上げたプルタブを戻し、俺は少しだけ後ろを振り返る。開けたばかりの煙草の箱を揺すりながら出てきた静は、「そう、ですね」と手元に視線を置いたまま、小さく頷いた。  誕生日(あの日)からおよそ一ヶ月。その間、俺が静とまともに顔を合わせたのは、サークル活動の時と、あとは偶然、カフェで一緒になったほんの数分くらいのものだった。  学校への送迎も、なかなかタイミングが合わず声をかける機会もない。  お互い忙しくしていたから、仕方ないのは分かっているのだ。  相変わらず研究室に入り浸っていた俺は、これからとりかかる翻訳(仕事)についての勉強も始めていたし(少しでも親を説得するための材料にしたくて)、静は静で、暇さえあればバイトに励んでいたから、たまに窺いを立ててみても、なかなか予定が合う日もなかった。 「起きたらいないからさ、びっくりしたよ」  だからこうして、あの日のことを改めて話すのは今夜が初めてだった。
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