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「ああ、すみません、あの時は」
「別に謝る必要はないよ。ちゃんと一筆残してくれてたし」
翌朝、俺が目を覚ました時には、静はもう部屋にはいなかった。代わりのように、空になった瓶の下に挟まれていたのは、「ごちそうさまでした」と書かれた一枚のメモ用紙。
ソファの上にはきれいに畳まれた上掛けが置かれており、プレゼントに渡した煙草とジッポは消えていた。
「ワイン、美味しかった?」
「……はい」
「そっか」
それなら、いい。
俺は満足したように微笑んで、そっと缶を口に寄せた。ゆっくり数口嚥下すると、爽やかなの清涼感が喉奥へと広がっていく。
その横に、静が並ぶ。
あぁ、すぐには戻らないんだ。
思えばちょっと嬉しくなった。
「見城さん……」
「ん?」
横目に目を向けると、抜き出した煙草を口元に近づけながら、彼は少しだけ迷うように口を開いた。
「見城さんは、卒業したらアメリカに帰るんですよね」
「え?」
「あ、すみません。さっき下で……院の話が出てたので」
示唆するように、静がある方向に視線を投げる。釣られてそちらを見ると、明日花を始めとした同級生が数人、一箇所に集まっていた。
俺に水を向けてきたくらいだ。元々院への進学を希望していた部員は他にもいたし、向こうでもそんな話が出ていたのだろう。
現にその一部が聞こえてしまったと言う静が、苦笑気味に言った。
「まぁ、確認するまでもないですよね。見城さんは、もうとっくに自分の進むべき道を決めてるんだし……」
彼は咥えた煙草に火を点し、それを一口吸ってから、一度、笑うように目を伏せた。
――正直に話すべきだろうか。
実は既に合格しているのだと。その上で、どうなるかは決まっていないのだと……。
そう、ちゃんと答えるべきだろうか。
俺が返答に迷っていると、その沈黙をどうとったのか、静の方が先に言葉を継いだ。
「これからですもんね。モデルの仕事も……あと、何でしたっけ」
俺は僅かな逡巡の末、どこか他人事のように答えた。
「一応、目指すのは俳優……だね。できれは舞台メインの。翻訳の仕事も続けたいんだけどね」
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