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「……世界が違いますね」
静は視線を俯けながら、ぽつりと言った。
けれども、煙草を咥えたままだったせいで、その声は不明瞭だった。
ほとんど聞き取れなかったそれに、思わず「え?」と問い返すと、静は口元からタバコを外し、持っていた空き缶にトンと僅かな灰を落とした。
「応援してます」
陰ながら。
今度ははっきり聞こえる声だった。
俺は瞬き、「ありがとう」と答えた。
静は再び煙草を吹かし、
「サイン……貰っとくべきですかね」
と、不意に小さく笑った。
普段、あまり見せてはくれない柔らかな表情。
なのに、そんな彼の笑顔にどこか突き放されたような心地になったのは何故だろう。
せつないみたいに胸が締め付けられて、呼吸まで苦しいような錯覚を覚える。
「いつかそうしておけば良かったと思われるように頑張るよ」
俺は誤魔化すように笑みを深めて、缶を呷った。
俺の手の中の煙草は、静のとは裏腹に、今にも落ちそうなほどに灰が長くなっていた。
* * *
「ありがとうございました」
お開きになった後、俺は静を家まで送った。
そして別れ際、ついでのように翌日の予定を聞いてみたけれど、「明日は早番で……」とまたしてもあっさり振られてしまった。
まぁ、俺もやることはあるんだけどさ。
それでも、少しくらい大丈夫かなって思ったのだ。
――あぁ、なかなか友人との時間を作るのも難しいね。
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