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10月に入っても、その日はまだまだ暑かった。
もうすぐ15時になろうかという頃、きりがいいところで研究室を抜けた俺は、息抜きも兼ねてカフェに向かった。
外階段を上り、カランと音を立ててドアを開くと、まもなくカウンター席の端に見知った姿があることに気付く。
「あ、見城くん」
「やぁ」
そこにいたのは莉那だった。
他に見知った相手はいない。
「どうぞ」
「ありがとう」
店内に人は疎らだったけれど、お互い一人だったこともあり、当たり前のように荷物を除けてくれたその隣の席に、俺は大人しく腰を下ろした。
「久しぶりね」
彼女は遅めのランチを済ませたところだったらしい。傍らに開いていた分厚い本を閉じながら、はにかむように笑いかけられ、俺は「そうだね」と微笑って頷いた。
暖簾ような仕切りの奥から顔を覗かせた店員に、アイスコーヒーを一つ頼み、半ば無意識に近場にあった灰皿を引き寄せる。
「見城くんの研究室って……」
「ん?」
「めちゃめちゃ楽って人と、時間がいくらあっても足りないって人にわかれてるよね」
「あぁ……最低限のラインがそんなに厳しくないからかな。勉強したいと思えば色々勉強できるけど、そうじゃなければ……」
「学校にももう、ほとんど来てない人もいるんでしょ?」
取り出した煙草とジッポを天板に置くと、その横で自分のアイスティーを手に取った莉那が、僅かに苦笑した。
俺は「どうだったかな」と白々しく言葉を濁した。
そんな俺の反応に、莉那はストローの先を唇に軽く押し当てながら、小さく肩を揺らす。
「まぁでも、それはそれでいいよね。本当に勉強したい人の邪魔にもならないだろうし」
「……何か困ってるの? 莉那の研究室」
俺は傍らに置かれたアイスコーヒーを受け取りながら、小さく首を傾げた。
「あ、ううん。うちの研究室は平和よ」
ただ、そう思っただけ。と、莉那は笑って首を振る。
「莉那は設計の方だったよね」
「うん、一応。実家が設計事務所やってるからね」
「将来のこと、莉那もちゃんと決めてるんだ」
言いながら、俺は何だかほっとしていた。どこか自分を肯定してもらったような気持ちになり、無意識に安堵の息が漏れる。
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