199人が本棚に入れています
本棚に追加
/234ページ
* * *
「いらっしゃいませ」
夕方になり、あの雨の日と同じように研究室棟の前で待ち合わせた莉那を助手席に乗せて、向かった先は近所のレストランだった。
直接飲みに行くにはまだ少し早い気がしたし、かと言って、いきなりホテル――飲むにしても――と言うのはさすがに……と思っていたら、莉那が「ファミレス行かない?」と言い出したのだ。
「え? あれって……暮科くん?」
テーブルに案内してくれたスタッフは静ではなかったけれど、店内にその姿を見つけた莉那が、驚いたように声を漏らす。彼がバイトしていることは知らなかったらしい。
釣られるように俺もそちらを見遣ったけれど、残念……というべきか、彼と目が合うことはなかった。
「前から思ってたけど……かっこいいよね、暮科くん。制服もすごく似合ってるし」
奥へと消えた静から俺に目を戻した莉那は、僅かに頬を染めて笑った。
俺はその言葉に「そうだね」と答えながら、その一方でどこか複雑な心境に陥っていた。
今日、この時間に静がいるかどうかは知らなかったけど、いるかもしれないとは思っていた。
だから莉那が店の名前を出したとき、俺はとっさに、違う店にしようと言いかけて――その言葉を飲み込んだ。
だって避ける理由はないんだから。俺が莉那と二人でいるところを、静に見られたからって、別に何の問題もない。
そう弁えていたはずなのに、今更のように気になってしまった。静は俺たちに気づいただろうか。気づいたのなら、どう思っただろうかと。
そしてそれを不安に感じると同時に、まるで何かを期待しているかのような自分にいっそう戸惑った。
……あのドライな静が、大して何も思わないだろうことは分かっているのに。
「見城くん?」
「あぁ、ごめん。食べたいもの、決まった?」
「私、お酒あんまり強くないし……先に何か、お腹に入れといた方がいいよね」
莉那の声に引き戻された俺は、癖のように微笑みを貼り付けた。
「好きなもの頼んだらいいよ。俺から誘ったんだし……遠慮しないで」
そうして、莉那と共に、改めてメニュー表に目を落とす。
これがいいかな、こっちがいいかな。
愛らしく迷う莉那に付き合い、相槌を打ち、束の間そんなふうに気を取られていたからか、俺は気付かなかった。
背後のテーブルのアテンドに、君がついていたことに。
最初のコメントを投稿しよう!