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「好きな人……か」
例えばそれが〝彼〟だったなら……。
「いや、例えばって何……」
確かに、莉那に「好きな人いないの?」と聞かれて、真っ先に思い浮かんだのは彼だった。
すぐに頭では否定したけれど、「気になる人」と言い換えられてもまた同じ顔が浮かんだ。
彼のことはもちろん好きだし気に入っている。だけどそれはあくまでも友人としてであって、そういう対象ではない。
……なんて自分に言い聞かせてみるけれど、何となくそれも腑に落ちない。
だから彼だったなら、なんて考えてしまうだろうか。
俺は無意識に揺らし続けていたグラスを止めて、その中に目を落とした。
俺の気持ちを表すかのように波打っていた液体が、次第に落ち着きを取り戻していく。
それを一口、口に含み、ややしてこくりと嚥下する。芳醇な香りが鼻に抜け、心地よい酸味が喉奥へと滑り落ちていく。――けれども、いまいちそれを味わうには至れない。
(仮に……)
グラスを再び揺らしながら、俺は淡々と考えていた。
仮に俺が、そういう意味で彼を好きだとして……それで何かが変わるのだろうか。
そもそも俺は、どうやっても彼の性愛の対象にはなれないわけで。……そうなると、結局何も変わらないのではないだろうか。
ストレートの彼と俺が結べる関係なんて、友人以外にはありえないんだから。
本気で恋愛するつもりなら、なりふり構わず口説くのもありかもしれない。そうしてノンケの相手を落とした知人もいないとは言わない。
でも、それは俺の本意じゃない。
そんなことでこちらに引き摺り込むようなことをしてはだめだ。
「――あ」
その瞬間、ぱしゃり、とワインが小さな音を立てた。跳ねた雫が、白いシャツに紅い染みを作る。
気づかないうちに、グラスを扱う手付きが雑になっていたらしい。
……ああ、やっぱりこういう不毛なことを考えるのはやめよう。
莉那の言葉にいくらか揺さぶられたことは確かだけれど、どのみち俺の気持ちは変わらないんだから。
じわりと縁を滲ませる染みを眺めながら、俺はため息をつく。
静のことは……もしかしたら好きなのかもしれない、とは思い始めてはいる。友人としてではなく、恋愛対象として。
だけど、俺がそう認めたからって結果は同じだ。認めても、認めなくても、変わるものなんて何もない。
……ただ、思い知らされるだけだ。
俺と静に、甘い未来はないって現実を。
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