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* * *
「……一本、吸おうかな」
誰もいない部室で一人、俺は煙草に火を点ける。傍らにある、真っ白なラウンドテーブルの上にはスチール製の簡素な灰皿だけ。
開け放たれている窓から吹き込む風を、冷たいと感じないのは何故だろう。真冬の夜なのに。
そう言えば周囲も不自然なくらいシンとしている。
俺は持っていたジッポの蓋を開けてみた。
……音がしない。
なのに開けたままのドアの外、人が近づく気配には気が付いた。
「……見城さん?」
不意に届いた声と共に、現れたのは静だった。
その姿に既視感を覚える。
けれども、静の手にはすでに煙草とライターがある。
そこに違和感があるのに、
「俺は……煙草を取りに」
そのセリフにもまた覚えがある気がした。
静の持つパッケージは空だったらしく、部屋に入るなり扉の傍のゴミ箱に捨てると、彼は自分が使っているロッカーの前へと歩いていく。
ゴミ箱にパッケージが落ちた音も、やはりそこには響かなかった。どうやら認識できるのは彼と俺の声だけらしい。
「見城さんも一緒に行けば良かったのに」
振り向くこともなく言われて、それが花火大会のことだとすんなり思い至る。
「俺はここを……もう少し片付けたかったから」
「? もう十分片付いてるじゃないですか」
周囲をちらりと一瞥されて、釣られるように視線を巡らせると、確かに室内はすっかり片付いていた。
「……今、終わったんだよ」
苦し紛れながらも取り繕う。それほど伸びてもいない煙草の灰を灰皿に落とし、微笑って誤魔化そうとする。
「もしかして……待っててくれたんですか?」
静は自分のロッカーから煙草のストックを取り出しながら、揶揄めかして笑った。思いがけない言葉だった。
「――…」
ここでそんなことを言われるなんて知らない。
俺は口元に戻した煙草を咥えたまま、信じがたいように彼を見た。
「……あれ」
何も言えず、ただ煙草を咥えていただけの俺の前で、静が幾度かライターを空打ちさせた。どうやら火が点かないらしい。その口元には、いつのまにか煙草が咥えられていた。
「おいで」
そんな彼の姿に、俺は考えるより先に声をかけていた。その感覚は、まるで自分を完全に俯瞰しているようだった。
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