*6.深い意味はないはずで

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 *  *  * 「……一本、吸おうかな」  誰もいない部室で一人、俺は煙草に火を点ける。傍らにある、真っ白なラウンドテーブルの上にはスチール製の簡素な灰皿だけ。  開け放たれている窓から吹き込む風を、冷たいと感じないのは何故だろう。真冬の夜なのに。  そう言えば周囲も不自然なくらいシンとしている。  俺は持っていたジッポの蓋を開けてみた。  ……音がしない。  なのに開けたままのドアの外、人が近づく気配には気が付いた。 「……見城さん?」  不意に届いた声と共に、現れたのは静だった。  その姿に既視感を覚える。  けれども、静の手にはすでに煙草とライターがある。  そこに違和感があるのに、 「俺は……煙草を取りに」  そのセリフにもまた覚えがある気がした。  静の持つパッケージは空だったらしく、部屋に入るなり扉の傍のゴミ箱に捨てると、彼は自分が使っているロッカーの前へと歩いていく。  ゴミ箱にパッケージが落ちた音も、やはりそこには響かなかった。どうやら認識できるのは彼と俺の声だけらしい。 「見城さんも一緒に行けば良かったのに」  振り向くこともなく言われて、それが花火大会のことだとすんなり思い至る。 「俺はここを……もう少し片付けたかったから」 「? もう十分片付いてるじゃないですか」  周囲をちらりと一瞥されて、釣られるように視線を巡らせると、確かに室内はすっかり片付いていた。 「……今、終わったんだよ」  苦し紛れながらも取り繕う。それほど伸びてもいない煙草の灰を灰皿に落とし、微笑(わら)って誤魔化そうとする。 「もしかして……待っててくれたんですか?」  静は自分のロッカーから煙草のストックを取り出しながら、揶揄めかして笑った。思いがけない言葉だった。 「――…」  ここでそんなことを言われるなんて知らない。  俺は口元に戻した煙草を咥えたまま、信じがたいように彼を見た。 「……あれ」  何も言えず、ただ煙草を咥えていただけの俺の前で、静が幾度かライターを空打ちさせた。どうやら火が点かないらしい。その口元には、いつのまにか煙草が咥えられていた。 「おいで」  そんな彼の姿に、俺は考えるより先に声をかけていた。その感覚は、まるで自分を完全に俯瞰しているようだった。
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