199人が本棚に入れています
本棚に追加
/234ページ
静は無言で俺の方へと顔を向けた。
そのままゆっくり近づいてきて、「?」と僅かに首を動かす。
俺は一歩踏み出すと同時に腕を伸ばし、静の後頭部に手を添えた。
「ん」
そっと引き寄せるようにして促しながら、顔を近づける。――正しくは、お互いが咥えた煙草の穂先を。
俺のポケットにはジッポが入っている。それは覚えていたけれど、
「――…」
俺はあえてそれを黙殺し、触れ合わせた先端を目線で示した。
ここから火をとればいい。
子供が花火から花火に火をもらうように。
戸惑いの色を浮かべつつも、その意味をすぐに理解したらしい彼は、大人しくそれに従い、そこに火が移るのを待った。俺に頭を押さえられたまま――。
突き合わせた筒の先で、小さな紅点が明滅する。
前髪が掠めるほどの距離で、彼の視線は煙草の火に向いている。伏せ気味にされたけぶるような睫毛も、口元に添えられた指も、微かに震えて見えるのは気のせいだろうか。
こういうのは初めてで、緊張しているのかもしれない。それとも、――意識しているのかな。
(何を?)
思ったとたん、触れてはいけないものに触れてしまったみたいな気分になって、俺はとっさに手を退いた。
静は傾けていた上体をゆっくり起こし――後、互いの口元からふっとこぼれ出る紫煙。
ほっとしたような、どこか気恥ずかしそうな表情で、静が申し訳程度に頭を下げる。
――かわいい。
「……!」
気がついたときには、再び手を伸ばしていた。
最初のコメントを投稿しよう!