198人が本棚に入れています
本棚に追加
/234ページ
(だって俺は……)
俺は顔を上げ、もう一方の彼の手も解放する。これで抵抗しないのを俺のせいにはできなくなる。
……それでも静は何もしなかった。ただことさらに色濃く肌を上気させるだけだ。
静の視界の端に入ると知った上で、俺は見せつけるように自身の指に舌を這わせた。唾液をまぶすようにしながら、一方の手で彼のベルトを緩めていく。
「……腰、上げて」
指を口元から離すのと同時に囁くと、彼が好んで履いているラフなジーンズを引き下ろし、足元に落とした。やはり音はしなかった。
「……っ」
静は顔を横向けたまま、自分で自分の口を塞ぐように片手を押し当てる。
(声、聞かせてほしいのに)
もっと、君のいろんな声が聞きたい。いつもの冷静な声ももちろんだけど、それとは違う声も聞かせて欲しい。
……そう願うのはおこがましいだろうか。
思いながらも、俺は彼のその手を外させたくて腕を伸ばす。
やっぱり諦められなくて。この不思議と音のない空間で、唯一聞こえる彼の声が、どうあっても聞きたくてたまらない。
……だって俺は。
俺はもう、きっとずっと前から、君とこうなりたかった。君をこの手で、啼かせたかった。
そうはっきり自覚した時、傍らにあった灰皿が床へと落下した。俺の手が当たったらしい。
灰を舞い散らしながら落ちていくそれが、
――カーン!
次の瞬間、鋭い音を響かせた。
最初のコメントを投稿しよう!