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耳障りな金属音が、まだどこかで反響している気がする。
あの直後、追い討ちのようにドーン! という、それこそ距離的にそこまで聞こえるはずのない花火の音まで重なって、一気に目が覚めたような心地になった。
あれほど何の音もしなかったのに、何故よりにもよってそんなタイミングで――。
内心恨めしく思いながら瞬くと、
「……な……んだ」
そこはもう、学校でも部室でもなく、ただ見慣れた自宅の寝室だった。
「夢……夢か」
当然のように、傍には誰もいない。
俺は覚醒したことを後悔するように瞑目し、深く長い溜息をついた。
「…………」
私服のまま、布団をかけることもなくベッドの上に転がっていた俺は、それでも負け惜しみのように傍らのシーツを撫でてみる。
だけどもちろん、そこには誰のぬくもりも残っていない。
「ん……?」
俺は目を開けた。代わりのように、指先に触れたのは使い込まれた分厚い本だった。俺がいつも翻訳に使っている辞書だ。
そこからぼんやりと思い出す。
ここのところ、俺は暇さえあれば翻訳の仕事を引き受けていた。
院に行く許しを得るためにも、学業との両立は可能であること、そして今後のことも口先だけではないと少しでも示しておきたかったからだ。
別に親に言われたからやっているわけじゃない。むしろもっとやらせて欲しいと言い出したのは俺の方で、だからこそ手は抜けないし、より良いものをと拘るあまり、少々根を詰めすぎてしまったのかもしれない。
昨夜は夕食後、数時間続けていた作業のきりの良いところで、俺は辞書を片手にしばらく部屋のあちこちを歩き回った。
身体を伸ばし、気分転換も兼ねて夜景を見たり、その延長で、つい寝室のベッドに腰を下ろしてしまったのがいけなかった。
俺はそのまま眠ってしまったのだ。まだ仕事中だということを忘れないために、あえて辞書を携帯していたというのに。
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