*6.深い意味はないはずで

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「何時……」  身体を起こし、ヘッドボードに置かれている時計で確認すると、6時を回ったところだった。遮光カーテンの隙間から細く朝陽が差し込んでいる。寝直すには微妙な時間だ。 「シャワー浴びたら……」  いつも通りに朝食を食べて、学校に行こう。  俺は無理矢理切り替えるように深呼吸をして、辞書を手に立ち上がる。  寝室を出て、リビングのローテーブルに辞書(それ)を置くと、その横に放置したままになっていた煙草が目に入った。 「煙草……」  その瞬間、頭を過ぎったのは夢に見たばかりの光景だった。  静の口元に添えられた真新しい煙草。  空打ちされるライター。  促せば素直従い、俺のそれに触れさせた白い穂先。  長い睫毛。  掠める前髪。  いつになく近い距離――。  最初はただ、本当に火を分けてあげるだけのつもりだった。  なのに何故、あんなことになったのだろう。  ……思うよりも先に、動いていた身体。  不意を突くようにして奪った薄い唇は、想像よりもずっと柔らかかった。  唇と同じ、薄い舌。さらりとした唾液。  上顎を擽れば動揺もあらわに眼差しが揺れて、そのくせ応えるように淡く染まって行った目元――。  彼と重ねたキスはきわめて甘く、そして少しだけ苦かった。だけどそれすら俺の教えた(覚えのある)味だと思えば、いっそう気分は高ぶった。  ……あれは夢だ。全て俺の勝手な想像。  なのに、今でもたちまち鼓動が早くなる。 (だめだ……このままじゃ静の顔が見れなくなる)  脳内で再生される記憶に引き摺られそうになり、俺は慌てて頭を振った。いっそう振り払うように乱れた髪を掻き上げ、そのまま逃げるみたいに浴室に向かった。
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