7.君には触れない

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 *  *  * (……珍しい)  タクシーの後部座席に乗り込むと、まもなく静はそのまま眠りに落ちてしまった。  ゆっくりと窓の方へと傾いていく頭を、俺はそっと自分の方へと引き寄せる。  慎重に上体を倒させて、膝の上へと静の頭を乗せさせる。  それでも起きないのを意外に思いながら、静の髪を軽く撫で、温めるように肩に手を置いた。  必然と触れてしまった肌から伝わる温度は、思ったよりも温かかった。明日花は熱はなさそうだと言ったけれど、微熱くらいはありそうな気もする。  単に酒が入っているせいだろうか。そういえば明日花も、「最後に飲んでたワインが、ちょっときつかったのかも」と心配そうにこぼしていた。  そこに静の言う寝不足――要は疲れていたから――が重なった、というだけならまだいいけれど、このまま体調を崩してしまったらと思うとちょっと心配になる。 (まぁ、そこまでには見えなかったけど……)  数時間前の様子を思い返しながら、確かめるように静の寝顔に視線を落とす。  相変わらず、長めの前髪のせいで目許はよく見えない。けれどもその口元はひどく無防備で、いつかのようにうっすらと隙間を作っているその淡い色合いが、またしても俺の目を惹き付ける。  ……あの時には触れられなかったその薄い唇に、俺は夢の中で何度も触れている。触れるどころか口付けて、浅く、深く味わっている……。  だけどあれはあくまでも夢で、俺の想像で、 (……困ったな)  なのに何度も繰り返し刻まれている記憶のせいか、妙に艶めかしくその感触が思い起こされてしまう。 「……」  気がつくと、俺は肩に置いていた手で彼の頬に触れ、次にはその唇に触れていた。 「……ん」  静の呼気が、一瞬途切れる。  けれども、すぐにまた規則的な寝息が聞こえてくる。起きる気配はまるでない。  俺は下唇の表面を親指で辿り、少しだけめくるように指先を動かした。    温かい吐息が直接肌を擽ってくる。  堪えきれず、緩んだ合わせに更に指を差し入れた。 「……っ」  爪先が歯に当たり、我に返る。  退いた手をきゅっと握り込み、逃げるように窓外に目を向けた。  ……何をしているんだろう。これは夢じゃないのに。  俺も酒が入っているからだろうか。自分で思うより酔っているのかもしれない。 (……しっかりしないと)  こんなことで今の関係を壊すわけにはいかない。  こんなことで彼に嫌われるわけにはいかない。  夢は夢、現実は現実だ。  現実の静に、不用意に触れてはいけない。  俺は自分に何度も言い聞かせながら、握った手にいっそう力を込めた。  そこから目的地に着くまではもう、一切彼の方は見ないようにして――。
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