7.君には触れない

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 *  *  * 「静、着いたよ」  静のアパートに着くと、俺は何事もなかったかのように声をかけた。ぽんぽんと軽く肩を叩き、覚醒を促すと、彼は微かな吐息を漏らしながら、ゆっくりと意識を浮上させた。 「……!」  そして次の瞬間、弾かれたように身体を起こす。  ……大丈夫。想定内だ。 「え……俺」 「着いたよ」  すぐには状況が把握できず、問うように俺を見る静に、俺は被せるようににっこり微笑んだ。 「部屋まで送るから、降りよう」 「あ、いえ……大丈夫、です」  戸惑いつつも、静は小さく首を振る。会計は俺が先に済ませていたから、すでにドアは開いていた。それに気付いた静が、逃げるように外に出ようとしたけれど、立ち上がろうとした瞬間にその身はふらついて、とっさに俺がそれを支えた。 「ほら」  苦笑気味に言うと、俺は彼に続いてタクシーを降りた。 「それに君の荷物」  俺は持っていたトートバッグを肩にかけ、その中に静の煙草と携帯(私物)が入っていることを暗に示す。  静は額を手で押さえながら、観念したように「すみません」と呟いた。  *  * 「……本当に忙しくしていたんだね」  静の部屋には、以前も上げてもらったことがある。そう回数はないけれど、それが例え急であろうと、室内はいつも綺麗にしてあった覚えがあった。それが今日は意外なほどに荒れていた。  ローテーブルの上は本が山積みになったままだし、床やラグの上にもレポート用紙などが無造作に重ねられたままだ。キッチンにも洗われていない食器がいくつか残っていた。  どうやら静の言ったことは本当だったらしい。  しかもこの様子では、もしかしたら寝不足どころか、ほとんど寝ていない可能性もありそうだ。 「あ、すみません、お金……」  外套を脱がせ、静をベッドに横にさせると、彼はされるままになりながらも、思い出したように口を開く。  テーブルの上に置いてあったリモコンで空調を入れ、「お金?」と彼を振り返ると、 「タクシーの……」 「ああ、いいよそんなの」 「……今度ちゃんと返します」  気にしないでと笑う俺に、彼は小さく首を振った。  ……こういうとこ、ほんときっちりしてる。たまには〝ラッキー〟くらいで済ませたらいいのに。せめて俺相手の時だけでもさ。 「あぁ、寝る前に水くらい飲んだ方が……」  ごろりと仰向けになった静は、目許に片腕を置いて目を瞑った。何度か見たことのある格好だ。そんなに他人に寝顔を見られたくないのかな。 「冷蔵庫にある?」  訊ねると、彼は微かに頷いた。俺は「開けるね」と端的に断り、キッチンへと踵を返す。  静の部屋は、8畳ほどの1K(ワンルーム)。部屋を出てすぐの小さなキッチンの端に、単身者向けの冷蔵庫が置いてある。 「――あ」 「ん?」  俺が冷蔵庫を開けようとした時、不意に静が声を漏らした。  手を止めて彼を見ると、「……いえ」と、諦めたように小さく嘆息された。  何? と思いながらも、俺はそのまま視線を戻し、冷蔵庫を開けた。
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