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* * *
「静、着いたよ」
静のアパートに着くと、俺は何事もなかったかのように声をかけた。ぽんぽんと軽く肩を叩き、覚醒を促すと、彼は微かな吐息を漏らしながら、ゆっくりと意識を浮上させた。
「……!」
そして次の瞬間、弾かれたように身体を起こす。
……大丈夫。想定内だ。
「え……俺」
「着いたよ」
すぐには状況が把握できず、問うように俺を見る静に、俺は被せるようににっこり微笑んだ。
「部屋まで送るから、降りよう」
「あ、いえ……大丈夫、です」
戸惑いつつも、静は小さく首を振る。会計は俺が先に済ませていたから、すでにドアは開いていた。それに気付いた静が、逃げるように外に出ようとしたけれど、立ち上がろうとした瞬間にその身はふらついて、とっさに俺がそれを支えた。
「ほら」
苦笑気味に言うと、俺は彼に続いてタクシーを降りた。
「それに君の荷物」
俺は持っていたトートバッグを肩にかけ、その中に静の煙草と携帯が入っていることを暗に示す。
静は額を手で押さえながら、観念したように「すみません」と呟いた。
* *
「……本当に忙しくしていたんだね」
静の部屋には、以前も上げてもらったことがある。そう回数はないけれど、それが例え急であろうと、室内はいつも綺麗にしてあった覚えがあった。それが今日は意外なほどに荒れていた。
ローテーブルの上は本が山積みになったままだし、床やラグの上にもレポート用紙などが無造作に重ねられたままだ。キッチンにも洗われていない食器がいくつか残っていた。
どうやら静の言ったことは本当だったらしい。
しかもこの様子では、もしかしたら寝不足どころか、ほとんど寝ていない可能性もありそうだ。
「あ、すみません、お金……」
外套を脱がせ、静をベッドに横にさせると、彼はされるままになりながらも、思い出したように口を開く。
テーブルの上に置いてあったリモコンで空調を入れ、「お金?」と彼を振り返ると、
「タクシーの……」
「ああ、いいよそんなの」
「……今度ちゃんと返します」
気にしないでと笑う俺に、彼は小さく首を振った。
……こういうとこ、ほんときっちりしてる。たまには〝ラッキー〟くらいで済ませたらいいのに。せめて俺相手の時だけでもさ。
「あぁ、寝る前に水くらい飲んだ方が……」
ごろりと仰向けになった静は、目許に片腕を置いて目を瞑った。何度か見たことのある格好だ。そんなに他人に寝顔を見られたくないのかな。
「冷蔵庫にある?」
訊ねると、彼は微かに頷いた。俺は「開けるね」と端的に断り、キッチンへと踵を返す。
静の部屋は、8畳ほどの1K。部屋を出てすぐの小さなキッチンの端に、単身者向けの冷蔵庫が置いてある。
「――あ」
「ん?」
俺が冷蔵庫を開けようとした時、不意に静が声を漏らした。
手を止めて彼を見ると、「……いえ」と、諦めたように小さく嘆息された。
何? と思いながらも、俺はそのまま視線を戻し、冷蔵庫を開けた。
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