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ドアポケットに、数本のミネラルウォーターが入っていた。その中の一つを取り出すと、
(……え)
それはいつも俺が愛飲しているのと同じものだった。
(さっきの反応……。――いや、まさかね)
別にそれがどうしたと言える程度の出来事だ。だけどたったそれだけの偶然に、胸の奥がとくんと波打つ。
もしかしたら、静はあえてこれを選んだのかな。……なんて、ひどく子供じみた期待を抱きそうになり、そんな自分にちょっと呆れる。
(最近、こんなのばっかりだな)
それもこれも、きっと例の夢のせいだ。
俺は冷蔵庫のドアを閉めると、その音を頼りにどうにか思考を切り替えた。
「静、これ――」
部屋に戻り、声をかける。けれども、それに返る反応はない。
「寝たのか……」
いよいよ徹夜明けだったのではないかという想像が現実味を帯びてくる。
俺はテーブルの上にペットボトルを置き、静の傍らに膝をつくと、そっと顔を覆っていた腕を下ろさせた。
前髪が流れて、目許があらわになる。よく見るとその縁にはくまができているようにも見えた。
(バイトも結構入れてるみたいだし……)
そんなに毎日頑張って、欲しいものでもあるのだろうか。
あるいは、そんなふうに没頭することで、忘れたいことでもあるのか……。
――例えば、
(元恋人のこととか……?)
円満に別れたとは言っていたけれど、そこから先も相手を作らないのは何故だろう。
少なくとも、静に限って〝作れない〟ということはないはずだ。現に前のバイト先でも告白されている。
それなのに、ずっと一人でいる理由は……?
もしかしたら、その円満に、というのが真実ではないのかもしれない。
俺は静の額に残る一筋の髪をそっと払い、その指の背で、目許のくまをなぞるように撫でた。
ぴくりと睫毛が微かに震える。けれども、その瞼が上がる気配はない。
「……静、水」
促すにしては小さな声で呟き、静の口元に視線を移す。そうしながら、無意識に自分の唇を舐めていた。
俺はボトルを手に取り、蓋を開けた。
そのままそこに口を付け、冷たい液体を数口嚥下して――最後に一口分だけ、口内にとどめた。
「……」
ゆっくりと腰を浮かせて、静の上に影を落とす。
伏せられた長い睫毛を見下ろしながら、顔を寄せる。肌を掠める規則的な寝息が、やけに鮮明に耳についた。
それを阻むみたいに、唇を重ねた。
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