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* * *
――君には触れない。
そう自分に言い聞かせながら、俺は静にキスをした。意識のない彼に、きわめて一方的なキスを。
例え君を好きだと認めても、何も変わらないと思っていた。変わらない自信があったのに。
……あの時はただ、水を飲ませたかっただけ。
それは言い訳になるだろうか。
思いながらも、現実の感触はいつまで経っても消えてはくれなくて、むしろ時が経てば経つほど、忘れたくないと思い始めているのを実感する。
……静の唇は、夢で見るより滑らかで、少しだけひんやりと冷たかった。
(――だめだ)
自室のベッドの上で、見慣れた天井を茫洋と見詰めながら、俺は思考を振り払うように小さく頭を動かした。
顔にかかる長い髪を緩慢に掻き上げ、その手を額にとどめたまま、深く長い息をつく。
……このままでは本当にだめになる。
もともとそんな気はなかったじゃないか。
いや、今だってそれは変わらないはずだろ。
俺は改めて自分に言い聞かせた。
後悔したくないんだ。
だから俺は、もう二度と静には触れない。触れてはいけない。
これ以上取り返しがつかなくなる前に、今度こそ全てに蓋をする。
彼を想う気持ちも、知りたいと望む気持ちも、触れたいと願う気持ちも全部――全部。
しっかりと蓋をして、鍵をかける。
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