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年末のある日、俺は遅めの昼食を取るためアリアに出向いた。時刻は14時を回ったところ。
いまは冬休みだし、休日のシフトは基本遅番だと言っていたから、きっと静はいないだろう。それが残念だと思いながら、そのくせどこかでほっとしている自分に心の中で苦笑する。
俺は密やかに息をつき、案内された席に座ると、癖のように店内を見渡した。
(あ……)
――いた。
今日は遅番じゃなかったのか。
俺は小さく瞬いて、バックルームから出てきたばかりの彼を無意識に目で追った。
* *
件の決起集会のあった週明けには、静の体調は――態度も――すっかり元通りになっていた。その週末にあったサークルとしての学祭での上演も無事に終わり、当日の夜はその成功を祝しての打ち上げが盛大に行われた。
その頃には、俺もいくらか気持ちの整理ができていたのだろう。それに比例するように、例の夢を見ることもほとんどなくなっていた。
だからまた、何食わぬ顔して、静と二人きりで過ごすことができるようになったのだと思う。
まぁ、そうは言っても、以前のようにうちで一緒に飲むなんてことはまだ一度しか実現してなくて、しかもワインを口実に誘ったのに、静が飲んだのはビールだけ。「飲まないの?」って勧めてみても、「今日はビールで」としか答えてくれず、結局量もそんなには飲まなくて、何だかちょっと距離を感じる飲み会だったような気がしないでもない。
そのくせ、偶然出会った学内でカフェに誘えばそれには普通に――むしろちょっと嬉しそうに? ――乗ってくれたりもするし……。
だから正直、計りかねている部分はあったんだ。彼との距離を。ここのところは特に、静のことが見えなくなっている気もして。
だけどそれも、俺自身の気持ちが影響しているんだ思えば、どうしようもなくて……。
……というか、今年のクリスマスを、急遽呼び戻されたアメリカで過ごさなければならなかったのも大きかったのかもしれない。
それが自分で思うより不本意だったのかな。
静のこと、誘う誘わないは別としても――当日どうしていたのかくらいは、できればその時に知りたかったから。
――なんて、深く考えるとまだ少し矛盾は生じてしまうんだけど、結果として俺は、ある意味自分の望むべき日常へと何とか戻れたと思っていた。
* *
「いらっしゃいませ」
入ってきたばかりの客が、静の案内により窓際の席へと通される。次に待っていた二人連れの客には、別のスタッフが声をかけていた。
そんな二人が、ふと「あっ」と声を上げ、驚いたような顔をする。二人が見ていた先には、静の姿があった。
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