8.刻む距離

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「でも、元気そうで良かった。なにより普通に笑ってくれたし」 「そうだね」 「もしかしたら私のせいかもってずっと思ってたから……ちょっとほっとしちゃった」 「……私のせい?」 「暮科さんが、バイトを変えた理由……?」  ――暮科。  はっきり耳にしたその名前に、俺は思わず動きを止める。 「私が告白なんかしたから……気まずくなっちゃったのかなって」  ……なるほど。  もしかしたら静の元カノだろうかという可能性はこれで消えた。  恐らくこの子は〝例の子〟だ。静が前のバイト先で一緒に働いていた、去年のクリスマスに突然告白してきたという女の子――。 (悪い子ではなさそうだけどな……)  俺は持っていたグラスを天板に戻し、小さく肩を竦めた。  彼女は更に口ごもるようにして続けた。 「告白した(あの)後も、変わらず優しくしてくれたけど……でも、あれでもし居づらくなったのなら……」 「考えすぎだよ。そんなあからさまなこと、するような子じゃないだろ……?」  どんどん声が小さくなっていった彼女に、男が優しく声をかける。  ……そこまで親しかったわけじゃないと言いながら、知ったふうな口を利くじゃないか。  俺は僅かに目を細め、パッケージから抜き出した煙草をトントンと天板で叩いた。 「お待たせしました……」  執拗に煙草を弾ませる手付きに、苛立ちでも表れていたのだろうか。  そこに戻ってきた先程の店員が、少しばかり窺うような様子で頭を下げてくる。そうして運んできたオーダー品をテーブルに下ろすと、やはり少々戸惑ったような声で、「どうぞごゆっくり……」と残して去っていった。
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