198人が本棚に入れています
本棚に追加
/234ページ
「でも、元気そうで良かった。なにより普通に笑ってくれたし」
「そうだね」
「もしかしたら私のせいかもってずっと思ってたから……ちょっとほっとしちゃった」
「……私のせい?」
「暮科さんが、バイトを変えた理由……?」
――暮科。
はっきり耳にしたその名前に、俺は思わず動きを止める。
「私が告白なんかしたから……気まずくなっちゃったのかなって」
……なるほど。
もしかしたら静の元カノだろうかという可能性はこれで消えた。
恐らくこの子は〝例の子〟だ。静が前のバイト先で一緒に働いていた、去年のクリスマスに突然告白してきたという女の子――。
(悪い子ではなさそうだけどな……)
俺は持っていたグラスを天板に戻し、小さく肩を竦めた。
彼女は更に口ごもるようにして続けた。
「告白した後も、変わらず優しくしてくれたけど……でも、あれでもし居づらくなったのなら……」
「考えすぎだよ。そんなあからさまなこと、するような子じゃないだろ……?」
どんどん声が小さくなっていった彼女に、男が優しく声をかける。
……そこまで親しかったわけじゃないと言いながら、知ったふうな口を利くじゃないか。
俺は僅かに目を細め、パッケージから抜き出した煙草をトントンと天板で叩いた。
「お待たせしました……」
執拗に煙草を弾ませる手付きに、苛立ちでも表れていたのだろうか。
そこに戻ってきた先程の店員が、少しばかり窺うような様子で頭を下げてくる。そうして運んできたオーダー品をテーブルに下ろすと、やはり少々戸惑ったような声で、「どうぞごゆっくり……」と残して去っていった。
最初のコメントを投稿しよう!