198人が本棚に入れています
本棚に追加
/234ページ
可愛らしい彼女に、きれいめの中性的な男。美男美女と言えなくもない。空気感からしても、似合っているのではないだろうか。
男のことは気になったけれど、まぁ考えてみれば可能性なんていくらでもある。
学校、塾、バイト、同級生、先輩後輩、常連客、友人、友人の友人。単なる知人――。
そう思うと、少し自分でも考え過ぎだっただろうかという気にもなってくる。
サラダを食べ終え、空にしたパスタの皿も横に寄せ、まだ十分に熱いグラタンをスプーンで掬う。
それをひとくち口に入れたところで、彼らのところにもオーダーした品が運ばれてきたらしい。
いっそう糖度を上げたような(印象の)会話が一旦途切れ、不意に訪れた沈黙の間。先に口を開いたのは彼女だった。
「祐ちゃん……? どうかした?」
「いや、可愛いなぁと思って」
さらりと男が返した言葉に、思わず目を瞬いた。
「そ、そういうの、さらっと言っちゃうとこ信じらんない」
「そう……?」
「そうよ……。だって……だって私なんて、元カノさんと比べたら……」
「元カノ? なんでそこで元カノが出てくるの?」
その声の感じから、男がきょとんとした表情をしているのが容易に想像できる。対して、彼女がもじもじと俯いているのも。
「あ……。あの……祐ちゃんが、大学入ってすぐに付き合い始めた彼女さん……髪の長い、モデルさんみたいな人だったんでしょ……?」
「よく知ってるね」
「……お母さんが、教えてくれた」
「おばさんが……? わぁ、よく見てるなぁ」
彼の声が、とたんに揶揄うように明るくなる。
彼女が食い気味に言葉を重ねた。
「そ、そこはどうでもいいのっ。とにかく、とにかく私……」
この二人……幼なじみか何かだろうか。
確かに彼女の言い分からすると、男の元カノと彼女の容姿は少々離れているかもしれない。
やがてくすくすと、堪えかねたような男の呼気が聞こえてくる。次いで、不意打ちのように甘さを帯びた声。
「昔のことは関係ないよ。いま、僕が好きなのは君なんだから」
(……あぁ、そういうタイプか)
意外と典型的な……。
微妙に俺と似ている気がするところが、自分でもちょっと腑に落ちないけれど。
「誰かと比べたりなんかしなくていい。君は君だよ」
彼女の顔は、これ以上ないくらいに赤くなっているのだろう。嬉しくて涙まで浮かんでいるかもしれない。
(……まぁ、せめてそれが本音であることを祈ってるよ)
心の中で苦笑しながら、俺は改めて淡々と食事を進めた。
「――失礼します」
間もなく全ての皿が空になると、そこに先刻、妙な気の遣い方をさせてしまったスタッフがやってきた。「ホットコーヒーです」と、空いた食器と入れ替えるように、カップとソーサーが目の前に置かれ、俺は微笑みを浮かべて顔を上げる。
その瞬間、視界の端を横切ったのは――。
最初のコメントを投稿しよう!