8.刻む距離

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 可愛らしい彼女に、きれいめの中性的な男。美男美女と言えなくもない。空気感からしても、似合っているのではないだろうか。  男のことは気になったけれど、まぁ考えてみれば可能性なんていくらでもある。  学校、塾、バイト、同級生、先輩後輩、常連客、友人、友人の友人。単なる知人――。  そう思うと、少し自分でも考え過ぎだっただろうかという気にもなってくる。  サラダを食べ終え、空にしたパスタの皿も横に寄せ、まだ十分に熱いグラタンをスプーンで掬う。  それをひとくち口に入れたところで、彼らのところにもオーダーした品が運ばれてきたらしい。  いっそう糖度を上げたような(印象の)会話が一旦途切れ、不意に訪れた沈黙の間。先に口を開いたのは彼女だった。 「祐ちゃん……? どうかした?」 「いや、可愛いなぁと思って」  さらりと男が返した言葉に、思わず目を瞬いた。 「そ、そういうの、さらっと言っちゃうとこ信じらんない」 「そう……?」 「そうよ……。だって……だって私なんて、元カノさんと比べたら……」 「元カノ? なんでそこで元カノが出てくるの?」  その声の感じから、男がきょとんとした表情()をしているのが容易に想像できる。対して、彼女がもじもじと俯いているのも。 「あ……。あの……祐ちゃんが、大学入ってすぐに付き合い始めた彼女さん……髪の長い、モデルさんみたいな人だったんでしょ……?」 「よく知ってるね」 「……お母さんが、教えてくれた」 「おばさんが……? わぁ、よく見てるなぁ」  彼の声が、とたんに揶揄うように明るくなる。  彼女が食い気味に言葉を重ねた。 「そ、そこはどうでもいいのっ。とにかく、とにかく私……」  この二人……幼なじみか何かだろうか。  確かに彼女の言い分からすると、(祐ちゃん)の元カノと彼女の容姿は少々離れているかもしれない。  やがてくすくすと、堪えかねたような男の呼気が聞こえてくる。次いで、不意打ちのように甘さを帯びた声。 「昔のことは関係ないよ。いま、僕が好きなのは君なんだから」 (……あぁ、そういうタイプか)  意外と典型的な……。  微妙に俺と似ている気がするところが、自分でもちょっと腑に落ちないけれど。 「誰かと比べたりなんかしなくていい。君は君だよ」  彼女の顔は、これ以上ないくらいに赤くなっているのだろう。嬉しくて涙まで浮かんでいるかもしれない。 (……まぁ、せめてそれが本音であることを祈ってるよ)  心の中で苦笑しながら、俺は改めて淡々と食事を進めた。 「――失礼します」  間もなく全ての皿が空になると、そこに先刻、妙な気の遣い方をさせてしまったスタッフがやってきた。「ホットコーヒーです」と、空いた食器と入れ替えるように、カップとソーサーが目の前に置かれ、俺は微笑みを浮かべて顔を上げる。  その瞬間、視界の端を横切ったのは――。
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