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「さっきの、知り合い?」
言ってから気付く。
誤魔化そうとしていたのに、墓穴を掘ってしまった気がする。
だけどそれも後の祭だ。
その言葉に、静の視線が一瞬揺らいだようにも見えたけれど、次には何でもないみたいに答えてくれた。
「常連さんですよ」
誰のことだとか、何のことだとか、そんなふうにはぐらかすつもりはないらしい。
そのくせ、まだ「要る」と言っていないのに、俺のグラスに水を注ぐ様はどこか不自然にも映った。
(単なる常連には見えなかったけど……)
彼らの会話を聞く限りでは、むしろそれなりの知り合いというか――。
思ったものの、何となくそれ以上は聞けない。
遮るように、俺から外された目線。
グラスを持つ手元にとどめられ、伏し目がちになった目許がいっそう艶めいて見えた。
「……ねぇ、静」
「何ですか」
俺は意図的に話題を変えた。
「初詣……一緒に行かない?」
「……え?」
些か入れすぎではないかと思えるほど、水の注がれたグラスが天板に戻される。
静が俺を見て、小さく瞬いた。
「あっ。あ――ごめん。帰省するよね」
俺はその意味を察して、苦笑した。
考えが足りない上、さすがに唐突すぎたらしい。
俺は一応、4月からも院に進学するため、同じ大学に籍を置く予定になっている。そうなった場合の猶予は二年。だけどそれはまだ確定とは言えず、結局春にはアメリカに呼び戻されないとも限らない。
そう考えた末――もしかしたら、最初で最後のイベントらしいイベントかな、なんて――の言葉ではあったんだけど……やっぱりこんな一方的なの、ただ君を困らせるだけだよね。
俺は思わず「ごめん」と重ねる。
けれども、そこに降ってきたのは――。
「いいですよ」
「……え?」
今度は俺の方が瞬く番だった。
「今年は帰省しないので」
親が記念日だとかで、旅行行くらしくて。年末年始。いい年して……。
と、揶揄めかして続けた静は、再び視線を外していたけれど、そのはにかむような表情はどこか嬉しそうにも見えた。
……その表情はどっちに向けて?
「そっか……」
誘ってみたはいいけれど、そんな静の反応はちょっと想定外で、殊のほか動揺してしまった俺は、
「ご両親、仲いいんだね」
それでも余裕ぶって笑みを貼り付けながら、目の前のグラスを手に取った。その瞬間、なみなみと湛えられていた水がぱしゃりと跳ねた。
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