8.刻む距離

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 静は今日、珍しくマフラーをしていなかった。12月に入ってからは必ずと言っていいほど首に巻いていた印象があるのに――そう思うとちょっと違和感がある。……洗濯中……? (俺の……使ってくれるなら貸したいとこだけど……)  思いながらも、「良かったら――」の一言がなかなか言えない。  いつもなら考えるまでもなく口にしているような言葉なのに、いざ静を前にするとこんなふうに逡巡してしまうことがある。  あれほど蓋をしようと誓ったのに、いまだに気持ちが揺らいでいるのだろうか。 (顔見知り程度の友人にだってマフラーくらい貸すのに)  少なくともいつもの俺なら……。  なのに結局何も言えないまま、差し掛かったお世辞にも広いとは言えない階段を淡々と上り始めるしかない。  そこそこ急勾配なためか、中央には手すりが設置されている。それによって自然と上りと下りが別れている様相で、それぞれ人3人がぎりぎり並べるくらいの幅しかなかった。  静の半歩先を歩いていた俺は、その古めかしい石段を数段進んだところで、何気なくコートのポケットに上から触れた。そして「あ」と声を漏らす。  一段下にいた静が、俺の声に足を止め、「え?」と、こちらに向けて顔を上げた。 「ちょっと忘れ物」  時刻はもうすぐ23時。そろそろ人が増えてきてもいい気もするが、まだその気配はなさそうだ。  俺は首にかけていたマフラーを黙って静の首にかけ、「ちょっと持ってて」と返事も待たずにその場を後にした。 (良かった……自然に貸せた)
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