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「……あった」
車に戻ると、コートが投げてあった後部座席を覗き込んだ。
足下に落ちていたそれを目にして、思わずほっとする。腕を伸ばし、拾い上げたのは、コートのポケットに入れていたはずのコインケースだった。
せっかくだからと、お賽銭用に持ってきていた、カード型のコインケース。中には五円玉が多めに入っている。
ご縁がありますように――なんて、それこそ柄でもない気がすると思いながら、何となくやってみたくなり事前に用意までしてしまった。
「おまたせ」
俺が引き返した場所で律儀に待ってくれていた静に笑って声をかけると、じゃあ、とばかりに静がマフラーに指をかける。
返される――。
思った俺は、それを拒むように横を通り過ぎようとした。
「ほら、行こう」
「や、あの……」
彼より一歩分先に進むと、背後から戸惑うような声が聞こえた。
その手はきっとマフラーを差し出そうとしている。
俺は振り返り、ふっと破顔した。
「車まで走ったら暑くなったから。悪いけど、そのまま持ってて」
手を伸ばせば届く距離。
俺は彼の首にマフラーをゆるく巻き直し、念を押すように笑みを深めた。
黒いジャケットに、真っ白なマフラーが際立って見える。
ふわふわとしたカシミヤの毛足が、彼の持つシャープな雰囲気に似合わないようで似合っていた。
(……うさぎみたい)
うっかり撫でてしまいたくなる。
俺は片手をポケットに入れ、指先を軽く握り込みながら、何事もなかったかのように「行こう」と上を示した。
「静、見て」
途中にあった鳥居をくぐり、階段を上りきったところで背後を振り返る。「ほら」と促せば、釣られるように静も後ろに目を向けた。
境内を囲む木々の向こうに、住み慣れた町並みが見える。キラキラと瞬く光は想像以上に多く、特別な誰かと見る夜景としても十分及第点だ。
「ここに来たの初めてだったけど……きれいだね」
「……そうですね」
静がどこか眩しそうに目を細める。
大人しく俺のマフラーを巻いたまま、そんなふうに笑ってくれたのが嬉しかった。
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