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努めて自然に……自然に、と意識しながら、平静を装う。
大丈夫。そこまで不自然な態度にはなっていないはずだ。現に静の反応も、いつも通りにしか見えない。
内心ほっとした俺は、それなら、と更に言葉を継いだ。
「良かったら、うちでちょっと飲まない?」
そのくせ、一方ではまるで予防線を張るように、自分に言い聞かせている。
断られたら断られた時だ。それならそれで構わない。もし今夜がだめでも、また誘えばいい。普通の友人として、気軽に――なんて、どこか呪文みたいに。
「……」
束の間の沈黙が落ちる。鼻先までマフラーに埋められているせいで、その表情はよく分からない。
分からないけれど、ややして静は微かに白い息を吐き、
「店は……三日まで休みなので」
と、独りごちるように呟いた。
どちらともつかない言葉だった。だけど、それがNOじゃないことはすぐに分かった。
「いいですよ」
静は次にはそう答え、微かに首を縦に振った。
「――…」
俺は思わず目を瞠り、すぐさまそれを隠すように目元に手をやった。
最初からそのつもりだったかのように、顔にかかる髪を緩く掻き上げれば、遅れて落ちてくる毛先がさらさらと頬を撫でる。慣れているはずのその感触がやけに際だって感じられ、あまり冷える方でもないのに、指先が冷たくなっていた。
自然に、気軽に――なんて言いながら、どれだけ緊張していたんだろう。
そんな自分に呆れながら、開けたまま一滴も飲んでいなかったコーヒーを数口嚥下する。存外喉も渇いていたらしい。温くなっていたそれが与えてくれる潤いが心地よかった。
「は……」
結局、残りもそのまま全部飲み干してしまった。空になった缶を口から離すと、吐息がふわりと白く霞む。
それを待っていたみたいに、静が腰を上げる。
「行きますか?」
俺を振り返り、階段の方を言外に示す。彼の手は、当然のように未開封の缶と共にポケットの中へ。
……飲まないんだ?
緩慢に瞬く睫毛の動きを見ながら、俺は頷き、小さく笑った。
「――あ」
やがて、先刻上ってきた時のように一緒に階段を下り始め――そこで俺はふと声を上げた。
俺としたことが……肝心なことを忘れていた。
半歩後ろにいた静を見遣って、俺は今更ながらもふわりと微笑む。そして改めて口にする。
「あけましておめでとう」
今年もよろしく。
……心の中で、密やかに願い事を繰り返しながら。
〝もう少しこのままでいられますように〟
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