8.刻む距離

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 努めて自然に……自然に、と意識しながら、平静を装う。  大丈夫。そこまで不自然な態度にはなっていないはずだ。現に静の反応も、いつも通りにしか見えない。  内心ほっとした俺は、それなら、と更に言葉を継いだ。 「良かったら、うちでちょっと飲まない?」  そのくせ、一方ではまるで予防線を張るように、自分に言い聞かせている。  断られたら断られた時だ。それならそれで構わない。もし今夜がだめでも、また誘えばいい。普通の友人として、気軽に――なんて、どこか呪文みたいに。   「……」  束の間の沈黙が落ちる。鼻先までマフラーに埋められているせいで、その表情はよく分からない。  分からないけれど、ややして静は微かに白い息を吐き、 「店は……三日まで休みなので」  と、独りごちるように呟いた。  どちらともつかない言葉だった。だけど、それがNOじゃないことはすぐに分かった。 「いいですよ」  静は次にはそう答え、微かに首を縦に振った。 「――…」  俺は思わず目を瞠り、すぐさまそれを隠すように目元に手をやった。  最初からそのつもりだったかのように、顔にかかる髪を緩く掻き上げれば、遅れて落ちてくる毛先がさらさらと頬を撫でる。慣れているはずのその感触がやけに際だって感じられ、あまり冷える方でもないのに、指先が冷たくなっていた。  自然に、気軽に――なんて言いながら、どれだけ緊張していたんだろう。  そんな自分に呆れながら、開けたまま一滴も飲んでいなかったコーヒーを数口嚥下する。存外喉も渇いていたらしい。温くなっていたそれが与えてくれる潤いが心地よかった。 「は……」  結局、残りもそのまま全部飲み干してしまった。空になった缶を口から離すと、吐息がふわりと白く霞む。  それを待っていたみたいに、静が腰を上げる。 「行きますか?」  俺を振り返り、階段の方を言外に示す。彼の手は、当然のように未開封の缶と共にポケットの中へ。  ……飲まないんだ?  緩慢に瞬く睫毛の動きを見ながら、俺は頷き、小さく笑った。 「――あ」  やがて、先刻上ってきた時のように一緒に階段を下り始め――そこで俺はふと声を上げた。  俺としたことが……肝心なことを忘れていた。  半歩後ろにいた静を見遣って、俺は今更ながらもふわりと微笑む。そして改めて口にする。 「あけましておめでとう」  今年もよろしく。  ……心の中で、密やかに願い事を繰り返しながら。 〝もう少しこのままでいられますように〟
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