8.刻む距離

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 *  *  * 「これ、ありがとうございました」  そう言って、静が俺の貸したマフラーを差し出してきたのは、俺の部屋に着いてからだった。  俺に続いて――少しだけ遅れて――リビングに姿を現した静は、畳んだマフラーを手に小さく頭を下げた。  てっきり車に乗るなり返してくると思っていたのに、予想に反して静は、部屋(ここ)に着くまでずっと俺の貸したマフラーを首に巻いたままだった。  別にそのためにあえて車内のエアコンを弱くしていた、なんて子供みたいな真似はしていない。むしろ寒がりの静のために強めにしていたくらいだ。それでも静は一度もマフラーを外すことなく、マンションに着くまでそのふわふわとした真っ白い毛足に顔を埋めていた。 「良かったら、持って帰って」  俺はすぐには手を出さず、暗にあげるよ、と微笑んだ。するとすぐに「いえ」と、押し付けるように返されてしまう。  それは全く予想通りで、「そっか」と小さく頷いた俺は、受け取ったそれをダイニングテーブルの上に置いた。 「今日マフラーしてなかったの、珍しいなと思ったから……もし失くしたなら、ってちょっと思ったんだけど」  だからって新品を送っても、きっと受け取ってもらえないだろうし。  そう窺うように声をかけたら、静はジャケットを脱ぎながら苦笑気味に答えた。 「あぁ、それは店に……」 「忘れてきた?」 「……そんなとこです」  そんなとこ。そんな感じ。  その言い回しにはどことない既視感と違和感を覚えたけれど、俺はひとまずその場に立ち尽くしたままだった静をリビングのソファへと促して、 「まぁ……じゃあ、とりあえず――」  自分はまっすぐワインセラーの前へと足を向けた。 「まずはホットワインで温まろうか」  選んだ一本の瓶を手にキッチンへと向かい、カウンター越しに大人しくソファに腰を下ろした静を一瞥する。その傍ら、作業台の上に他に必要なものを並べていると、ややして静がどこか申し訳なさそうに言った。 「じゃあ、一杯だけ……」 「一杯だけ?」  栓を抜き、耐熱グラスを掴んだ手を止め、俺は改めて静の方に目を遣った。
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