8.刻む距離

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「はい。できれば、後はビールで」  背もたれの上から、こちらに顔を向けていた静と視線がかち合う。ばつが悪いようにそれが揺れたのを見逃さず、けれども気づかないふりで、俺は再び手元に視線を戻した。 「……最近ビール多いね。ワイン、苦手(だめ)になった?」  そんな印象はなかったけど……もしそうだとしたらちょっと寂しいな。  なんて思いながら、それでも何事もなかったかのように中断していた作業を再開する。  まぁ、本音を言えばちょっとどころの話じゃないし、もっと言えば想像するだけで落ち込んでしまいそうだったけど……それでも一緒に飲めるだけで十分じゃないかと自分に言い聞かせ、俺は努めて笑みを貼り付ける。 「もしかして、俺が赤ばかり出すから、飽きちゃったかな。もしそうなら、白やロゼも……あぁ、ロゼは今手元にはないけど――」 「あ、いえ。そういうわけではなくて……。なんていうか」 「ん?」  いっそう言い淀むような静の言葉に耳を傾けながら、ワインを注いだグラスに蜂蜜を垂らす。そこにシナモンパウダー少々と、輪切りにしたレモンを一枚ずつ入れ、軽く撹拌していると、 「他より、酔う気がして……」  好きなのは好きなんですけど……。  と、自嘲気味に独り言ちるような声が届いて、俺は思わず手を止めた。
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