7.君には触れない

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 学祭を翌週末に控えた月曜日、明日花がまたサークルの懇親会の提案をしてきた。日にちはその週の金曜日。今度の名目は決起集会だ。 「静?」  いつもの部室前の広場ではなく、駅前の居酒屋で開かれていたその席で、俺は思わず彼に声をかけた。  宛がわれていた個室は広めの座敷。いまだ参加者の和気藹々とした声が響く中でのことだった。 「大丈夫?」  そんな中、不意に席を立った静は、「ちょっと飲み過ぎたかも」と部屋の隅の壁に凭れていて――特に近くに座っていたわけではないけれど、その様子が気になっていた俺は、ついその傍らへと足を運んでしまった。 「何がですか」  ……あれ。なんか棘があるな。気のせいだろうか。   「何って……」  一瞬気圧されそうになりつつも、俺はいつも通りに微笑って言葉を返す。 「こういう席で、君が酔うって珍しいなって」 「酔ってません」  静は立てた膝に腕を載せ、その指先をだらりと垂らしたまま、独りごちるように言った。  その間目が合うことはない。  うん……。明らかに何かありそうだ。  莉那と行ったアリアで姿を見かけて以降も、結局静とは二人きりでゆっくり話をするような機会は持てていなかった。  いや、持てていないというか……正直、俺自身が戸惑っている部分があって、だからあえて持たないようにしていた、というのが正しいかもしれない。  ……だってねぇ。  さすがにあんな夢を見てしまったら……。  しかもあれ、実は一度きりじゃないんだよね。  あの後も、それこそ何度も夢に見てて……。いつも最後まではいかないんだけど、だからこそ余計にもどかしいのか、目が覚めてもなかなか忘れられなくて……おかげで現実での君のことも妙に意識してしまうし、そんな自分をちょっと持て余してたりもして。  今だってほら。  気がつくと俺の視線は君の寛げられた襟元に釘付けだ。  首筋から、ちらりと見える鎖骨へと伸びるラインを舐めるように目で辿ってしまう。 「帰るなら、送るよ」  それを誤魔化すように瞬いて、俺は何でもないみたいに笑いかける。  あいにく、明日花の言いつけもあって、今夜は自分の車ではないけれど。
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