図書委員

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図書委員

  二 「さっきさ、何しゃべってたの?」  放課後。教室清掃中、りりに話しかけてきたのは親友の津村優だった。優は小柄でモデル顔負けの美貌の持ち主だ。性格も良く、料理や裁縫も得意で人当りが優しいため、男子にもモテている。女子であるりりから見ても完ぺきな女の子だった。 「え?」  りりが箒を動かしていた手を止めて、聞き返す。 「だから、昼休み。観月と何話してたわけ?」  大きな目をくりくりと回しながら、優が肘でりりをつついた。 「選択教科のこと。なんで美術なの、って聞かれて」 「それで?」 「絵が好きなのと、人前で歌わなくてもいいからだ、って」 「それから?」  可愛らしい小動物のように、優はりりを見つめている。 「……それだけ」 「えー、それだけ?」  りりは小さくため息を吐いた。止めていた手を再会させ、掃除に集中力を戻す。 「優ちゃんは何を期待してたの?」 「もう、決まってるじゃん。やっぱり恋が芽生えるのかどうかでしょ」 「彼女いるんだって」 「あ、そういえばそっか。なーんだ、がっかり」  優がおおげさに肩を落として見せた。 「まじめにやれよ、優」  机を移動させていた高橋直紀が言う。直紀は優等生を絵に描いたような存在で、勉強と運動ができる万能な生徒だ。いわゆる塩顔のイケメンで、もちろん性格も成績もいい。 「わかってるよ、もう」  口を尖らせて怒っている優だが、目は嬉しそうに輝いていた。 「優ちゃん、高橋と一緒に帰るんでしょ?」  りりがゴミをチリトリに集める。 「うん」  勢い良く頷く優は、二か月ほど前から直紀と付き合い始めた。 「お幸せに」  りりが嫌味を込めて突っぱねるが、 「当ったり前じゃん!」  どうやら優には通じないらしい。チリトリの中身をゴミ箱に捨ててから、りりと優は机を戻すのを手伝った。 「よし、ゴミ捨てジャンケンな」  直紀がりりと優を見回す。りりは、運がいい方だと自分では思っていた。二年に進級してから、ゴミ捨てジャンケンでは一度も負けたことがない。 「最初はグー」  そしていつもこの瞬間は、わくわくした。 「ジャンケンポン!」  パー、パー、グー。 「りり、行ってらっしゃーい」  優がひらひらと手を振る。隣で直紀もニヤリと笑っていた。 「……行ってきます」  今日は男子の掃除当番が一人休んでいるため、確率は三分の一。りりは仕方なくゴミ箱を抱えた。チョキを出せば良かった、と後悔しても遅い。  りりは階段を降りて、学校の裏手にあるゴミ捨て場へ向かった。紙くずを入れるための燃えるゴミ用の箱と、缶用の燃えないゴミ用の箱。二つを抱えて歩くのは重労働だ。やっとの思いで渡り廊下の先に位置するゴミ捨て場へと辿り着く。幸い、先客はいなかった。 「ふう……」  思わずため息が出た。とりあえず、両手のゴミ箱を床に置く。 「あ、高見さん」  りりが燃えるゴミ用の箱を持ち上げたとき、すぐ後ろで誰かが名前を呼んだ。 「俺も負けちゃった」  振り返ると、観月が大きなゴミ箱を持って立っている。 「美術室?」  音楽室や美術室、化学室やパソコンルームなどの掃除はそれぞれ同じ階のクラスに振り分けられており、りりのクラスは美術室の担当だった。 「うん。あ、そのゴミ箱貸して」  観月がりりからゴミ箱を奪う。ゴミ捨て場のカゴの中に、次々ともえるゴミが落ちて行った。 「こっちも」  素早い動作で、観月はりりが運んできたゴミ箱を二つとも空にしてしまう。 「これでよし」  自分のゴミ箱を最後にひっくり返し、観月がにっこりと笑った。 「ありがとう」  りりはお礼を言ってから、ゴミ箱を持ち上げた。 「どういたしまして。あ、一個持とうか?」 「ううん、大丈夫」  意外な優しさに、りりは少しだけ観月のイメージを修正した。二人で教室までの階段を昇る。 「あのさ」  観月がりりを見た。りりが二段下にいるせいで、身長差はますます広がっている。 「高見さん、付き合ってる人いる?」 「いないよ」 「そっか」  教室までの道が、とても長く感じられた。階段に二人の足音が響く。 「ごめん、変なこと聞いて」  教室の前で、観月が呟いた。 「別にいいよ」  ふさがっている両手を自由にするために、りりはゴミ箱を離した。ドアを開けて中に入る。観月はなぜか、バツが悪そうに立ったままだ。 「美術室、行かないの?」 「あ、うん。行くよ」 「じゃあまた」 「バイバイ、高見さん」 「うん、バイバイ」  腰まで下げられたズボンの裾を引きずっている観月の後ろ姿を、りりは見送った。   三 「今日は何読んでるの?」  久しぶりに涼しい日だった。太陽が雲に隠れていて見えない。りりは穏やかな昼休みに、借りてきたばかりの恋愛小説を読んでいた。 「小説」  短く答えて、りりが目を伏せる。 「俺さ、挿絵ないと読めないんだよね。文字追ってるとくらくらしてくんだけど」  観月は、椅子の背もたれを窓際に回して座っていた。 「すごいね、高見さん」 「図書委員だから」 「え?」  仕方なく顔を上げて、りりが観月を見た。 「新しく入った本の感想、書かなくちゃならないから」 「へー、大変そう」 「そうでもないよ。本読むの好きだから」  そう答えてから、りりはすぐに小説の世界へと戻った。
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